邪神ちゃん 移動す

「それじゃあ、気をつけるんだよ。人に失礼なことはしないようにね!」

 

 あれから数ヶ月の後、領主から使いの者がきた。

 そしてあれよあれよという間に、母との別れの時はやってきた。

 

「お母さま、アルカさんは私どもでしっかり学校までお連れしますので、どうかご安心を」

 

 寂しさを吹っ切ると言わんばかりに胸を張る母に、領主のランドルフが手を握って応える。

 少々の荷物を纏めた私は、執事に案内されるがままに馬車へ足を掛けた。

 以前も乗ったふかふかの座席は心地よく体を受け止めてくれる。

 席についてしばらくすると、ランドルフと執事もその席へと座り、扉が閉められる。

 窓の外にはわずかに心配そうな顔を浮かべた母が見送りをしてくれている。

 

「さ、行こうか。学校は王都にあるから、道中いろいろお話ししよう」

「王都、か。あまり混み合っている街は苦手なのだがな……」

「その気持ちはわかるよー。混み込みしてると迷うし、何より人の数が多いのは中々慣れないものがあるよね」

 

 人に囲まれる貴族がいうとなかなかに重みがある言葉だ。

 が、今の私は一平民でしかないし、元は邪神だ。

 世界ありと凡ゆるものの悪として降臨していたこの身には、周りに他人がいる事自体がこそばゆいものがある。

 

「そうそう、試験は前にも説明したけど、下回しはすんでるから適度にやってくれていいよ。大事なのは何を学ぶか、だからね」

 

 試験、試験な。聞いた話では筆記と実技の二種のようだが、正直いって筆記に自信なぞない。

 一農民でしかなかった私に知識を問われても困るというものだ。

 では実技の方は自信があるのか。と問われれば微妙なところではあるが、基礎たるステータスが邪神のそれである以上、一定の成績を残すことはできるだろう。

 まぁ重要なのは彼がいう通り、何を学び何を為すかだ。

 できることならばしっかりとこの世界の知識を身につけた上で邪神役の居場所を知ることができれば一番だ。

 

「アルカちゃんは、何か勉強してやりたい事とかなりたい職業はあるのかな?」

「うむ、我が使命は邪神を倒す事が故に。目ざすところは移動がしやすい冒険者になるだろうな」

「うーん……勉強までして女の子が冒険者っていうのもあるだろうけど……神の加護があるってなると一概に否定はできないね」

 

 私の答えに不満があったのか、ランドルフが腕を組んで唸る。

 

「できれば、僕のところの私兵として雇われてくれたりすると嬉しかったんだけど、人の将来に口を出すのは憚られるからね」

 

 なるほど。金を出した以上、手元に置いておきたいと思うのは道理。彼の思惑を悪くいうことはできないだろう。

 私だって彼の元にいて邪神を討滅することができるのならば、そうしてやりたいが、いかんせんそうもいかないのが現実だ。

 今のところ邪神は表立って動いていないのかまるっきり情報も入ってこない。情報が入ってきた時には即座に動けるようにしておきたいというのが私の思いだ。

 そういう意味では学校に入るのは足枷をつけることに他ならない。しかし同時に何も鍛えぬままで邪神の元へ向かったところで、到底勝てるはずもなし。

 それこそあっという間にこちらが倒されて、むだに母を悲しませた挙句、駄女神の言うもう一回遊べるという状態になるに違いない。

 

「まぁ学校に行ってる間はゆっくり楽しみなよ。勉強に運動に色恋。出会いだって色々あるからね」

 

 勉強と運動はわかるが、色恋などと何を言っているのだろうか。

 この肉体は見た目こそ少女であるものの、中身は全き悪である邪神だ。しかもいうなれば私は男だ。

 男に言い寄られる趣味もないし、近づく気もしない。

 

「言ってなかったかな。学校は寄宿制の共学だよ。貴族も平民も混ざるから、いい出会いがあるといいね」

 

 私の沈黙を疑問ととったのか、笑顔でそう告げてくる。戦力としての出会いには期待するが、そう華やかな話を私に期待されても困る。

 

「そこまで他人に興味はないのだがな。それより、ついてすぐに試験というわけでもあるまい。私はどこに泊まればよいのだ?」

「試験と合否発表までは王都にあるうちの屋敷に泊まってもらうよ。僕も仕事があるからついでだね」

 

 なるほど、しばらくは彼のところの食客ということか。体面上だけは取り繕えるようにしておかねばな。

 私自身に不都合があるだけならよいが、周りにまで影響がいくのは不本意だ。王都ではできる限り猫を被ってでもいるか。

 

「君はあんまり難しいことを考えずに、今まで通りでいいよ。学校でも一応身分の差はないことになってるから、不便もないだろうし」

 

 それはありがたいことだな。いくらなんでも学校にいる間ずっと猫を被っているのは疲れるを通り越して至難の業だ。

 周囲に早々に私がこういう人物だと知れ渡れば好き好んで近づいてくる者もいないだろうし、好都合だろう。

 仮に私の口調を乗り越えて接触してきた人物がいたとすれば、それなりに仲良く過ごすことも不可能ではない。

 そうすれば学校を卒業した後に旅にでる際には何らかの力になるかもしれない。

 考えれば考えるほど、ランドルフが用意したこの学校という環境は私の今後にとってかけがえのないものになるだろうことが予測できる。

 いずれ何かの形で感謝をせねばなるまいな。

 

「さ、王都に着くまでは結構時間がかかるから、ゆっくりするといいよ。寝ててもいいからね」

 

 彼の言葉に甘えて窓に頭を預け、外の様子を垣間見る。

 きちんと整備されているらしい街道は定期的に心地よい振動を馬車に伝えてくるし、周囲の変わり映えのしない草原の風景はそれと相まって眠気をさそう。

 気がつけば私はぐっすり眠っており、執事に起こされるまで目を覚ますことはなかった。

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