邪神ちゃん 帰宅す

「そんで、あんた領主さまに失礼なことしなかっただろうね!」

「なにも問題はなかったぞ」

 

 家に帰り、迎えられた直後に投げられた言葉は厳しいものだった。

 あの後色々と話し合った私達ではあったが、言葉遣いには何一つ文句を言われることはなかった。

 それどころか、学校に行った後もまた顔を見せるように言われたぐらいなのだから、何も問題はないだろう。

 

「それより、領主より学校に行けとの話でな。手当等はあちらで用意するようだが」

「学校! あんたも偉くなったもんだねぇ……」

 

 一番の重要事項を母に伝えれば、その顔に驚愕の色が走る。

 それもそうだろう。学校は基本裕福な家の子が行くところ。私や母のような食うに困らない程度の家がそうそう行けるような場所ではない。

 

「まぁそれに関しては母さんからなにもいうことはないよ。あんたが行きたいなら好きにすればいい」 

「そう言ってくれると信じていた。やはり見聞を広げるというのは好ましいからな」

 

 母の同意を確認して、机の上に持って帰ってきた荷物を載せる。

 

「なんだい? こりゃあ」

「領主さまから、母へ土産だそうだ」

 

 丁寧な作りの袋を広げれば、あの庭で味わったのと同じものであろうか、菓子の箱と紅茶の葉が入った小瓶がいくつか中に包まれていた。

 

「おや、手紙まで……」

 

 同時に入っていた手紙を母が拾い上げ、封を切る。

 中の文面は知らぬが、変わったことは書いてはいないだろう。

 

「あんたぁ……その口調で領主さまと喋ったね!」

 

 ごすんという音とともに母の拳が頭に振り下ろされる。

 領主め、いらぬことを書いたな。

 久々に感じた痛みに涙目になりながら頭を押さえる。おのれ、邪神時代にも斯様に響く痛みを感じたことはなかったぞ……

 

「おのれ、邪神に対して拳を振るうなどと──」

「そのおふざけもいい加減にしな!」

 

 さらにもう一度、雷が落ちる。

 うむ、泣いてなどいないぞ。痛みがこう、沁みただけだ。

 

「一度ならぬ二度までも……」

 

 恨み言を吐くが、母は聞いてもいない。

 しかしなんだこの痛みは。過去に勇者から受けた傷、そのどれよりも痛む気がする。

 母は強し、という言葉はよく聞くものの、まさか勇者を上回るとは想定外だ。

 

「まぁ領主さまからは楽しかったとかかれてるから、まぁ良かった。他の人の前では気をつけるんだよ!」

「う、うむ。気をつけるとしよう。できる限り」

 

 痛みが残る頭をさする。よもや不恰好に瘤などできていないだろうな。

 

「学校についてもこっちでできることは何もなさそうだし……しっかしあんたが学校ねぇ」

「なんだ。子が離れることになって寂しさでも湧いてきたか?」

「我が子ながら妙ちきな子になったもんだよ。精々しっかりと学んでくるんだね」

 

 さすっていた頭を母が撫でる。それだけでまるで痛みがとぶかのようだ。

 我が子、という言葉に一抹の心の痛みを覚える。確かにこの肉体は、彼女にとって我が子だろうが、中身は──

 

「あんたが何であれ、どう育つにしろ、我が子は我が子。偶には帰ってくるんだよ」

 

 そんな私の不安を覆い隠すかのように、母がこの身を抱き締める。

 伝わる柔らかさと暖かさは、この体が間違いなくこの世界に存在しているということを教えてくれる。

 邪神でいた時には知ることのなかった感覚だ。

 

「なにせあんた。私から生まれたにしちゃ目の色が違うからね。何があったっておかしくはないさ」

「そうなのか?」

「そうだよ。あんたの父さんの目は緑、私は青。だのにあんたの目は夜でも光るような金色だ。それこそ何かの神様の思し召しだって、産んだ時に思ったもんさ」

 

 なるほど、自分の目など見ることはできなかったから把握していなかったが、金色ということは封印されているだけで邪眼等はいずれ使えるようになるだろう。

 しかし、父か。意識を持ってからこのかたみた覚えはないのだが……

 

「父は今どうしているのだ? 見た記憶がないのだが……」

「あんたが生まれる前に、戦場でおっ死んじまったよ」

 

 告げる母の顔は、暗い。それは中々、思うところがあるのだろう。世界が不安定になって争いが絶えない中、人の生き死には日常茶飯事だ。

 とはいえ、子を見ることなく散った父の無念は余りあるであろうことは予測に難くない。

 

「あんたが気にする事じゃないよ。言わなかったのは私だからね。今度墓も教えてあげるから、偶には顔だしてやんな」

 

 さらさらと流れる私の髪を母が撫でながらいう。視界の端に映る濡れたような黒髪は母のそれとは大きく異なる。

 だからきっと、邪神ゆずりの黒髪は父と同じ色であったのだろう。

 どこか惜しむように髪を梳く母をそのままにしながら、その顔を見つめる。

 その顔には愛しみと、わずかな寂寥が浮かんでいた。

 

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