邪神ちゃん 貴族に会う

「やぁ、ようこそ。君が神の加護を得た子、アルカ・セイフォンだね?」

 

 十日後、迎えにきた馬車に乗って連れられた先は、今住んでいる村とは文化レベルが違うと言えるほど発達した街にある豪邸だった。

 長いこと揺られていた馬車が止まり、御者から促されるままに降りると、貴族らしい服装の男性が待ち構えていた。

 

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。仰る通り、私がアルカ・セイフォンでございます」

 

 目の前に立つ燕脂色の豪華な服に金髪碧眼の青年、恐らく彼がグリザリア侯爵その人なのだろう。彼の言葉に母から散々叩き込まれたカーテシーとともに名を名乗る。

 いくら私が邪神とはいえTPOくらいは弁えている。だがそれと、自身の発言と行動に背筋が粟立つのは別問題だ。

 

「聞いていた話よりかはしっかりしているじゃないか。僕はランドルフ・グリザリア。一応君の住む地域の領主だよ」

 

 貴族というイメージからすると随分と若い彼が、この一帯を治める領主だったらしい。その体も顔も贅沢とは程遠いのか、細く引き締まって見える。

 見た目からは人の良さそうな空気が漂っているが、曲がりなりにも貴族だ。油断はできないだろう。

 

「そんなに緊張しなくていいよ。なんなら元の話し方でも構わない。さ、とにかく立ち話もあれだからね。お茶でもしながらゆっくりしようじゃないか」

 

 そういうと踵を返し、庭園の中を一人歩んでいく。私も執事らしき人物に連れられ、その後ろを歩く。

 

「やー、領主っていっても別段そこまで僕自身が偉いってわけじゃないんだよ。それに子供にそうお堅く対応されると寂しいものがあるしね」

 

 そうであった。この肉体の中身が邪神であろうとなかろうと、外見は10歳の子供でしかない。

 多少の失敗だとかはきっと"子供だから"許してもらえるだろう。

 

「ふむ、領主さまは随分と若いと見受けられるな」

 

 せっかくお墨付きをもらったのだ。これ幸いと口調を慣れたものに戻す。

 

「あー、それは父が早逝してね。あれよあれよという間に神輿に担ぎ上げられたってわけさ」

 

 自分の言葉に従ってか、こちらの口調の変化に興味を持つ様子はない。それどころか、むしろ嬉しそうにも見える。

 まぁ彼の言が正しければ若くして領主として周りから接されていたのだろうから、こういう話し方の人間と会うのが貴重なのかもしれないな。

 

「さーて、お茶の席についた。お菓子でも食べながら、ゆっくり話そうじゃないか」

 

 辿り着いた先は庭園に仕付けられたテーブルと椅子。その横にはお菓子やお茶道具の乗ったワゴンをおしたメイドが控えている。

 誘われるままに席に着けば、淹れたての紅茶とお菓子が差し出される。

 

「遠慮しないで楽しんでね。お菓子もお茶もおかわりはあるから」

「いただこう」

 

 紅茶を一口飲めば、その鮮やかな香りが鼻を駆け抜ける。同時に舌に残る味わいは心地よい渋みを伝えてくれる。きっと村で過ごしているなら一生味わうことのない逸品だろう。

 茶菓子も、深い茶色のチョコレートは口に含んだ瞬間に強い甘味と濃厚さを感じる。甘味を食べたのは邪神時代から考えても久々。貴重な経験だ。

 

「さて、落ち着いたところで、ちょっとづつ話をしようか。君は"神の加護"がどんな物か知ってるかな?」

「凡ゆる行動に補正が掛かり、ステータスの上昇値の向上、対アンデッドへの特効があると聞いているな」

「ありゃ、よく知ってるね。僕の話すことがなくなっちゃった」

 

 私の答えに青年が戯けてみせる。そう、人間におけるスキル"神の加護"は全てにブーストがかかると言っていい。何もしていなくても普通の人間より高い力をもつし、経験を積んだ際のステータスにも大きく影響を及ぼす。わかりやすくいえば、これ一つでチートスキルというやつだ。なにせ邪神は世界全てにおける恐怖であるがゆえに、それに迫るためには"普通の人間"ではだめなのだ。普通に成長していたのでは到底追いつかない程の脅威、それが邪神なのだから。

 

「そう。そして"神の加護"は貴重だ。でも、何もしなければ普通の人よりちょっと強い。それだけになっちゃうのもわかるかな」

 

 ちょうどチョコを摘んでいた私は喋るわけにもいかず、静かに首を縦に振る。

 

「だから君、学校に行くつもりはないかな? 勿論学費は侯爵家が持つし、働き手が減る君の家にそれに応じた手当もだすからさ」

 

 ふむ、学校か。確かに如何に世界はほぼ全て一種のテンプレートを元に生成されているとはいえ、時間が経てば経つ程独自の変化を迎える。

 邪神役をどうにかする力を得るにも学校という場は有用。なんならそこで居場所を探ることもできるだろうし、経験を積んでスキルを強化することも可能だろう。

 とはいえ、不安が一つ。私や母にとってメリットはあるだろうが、目の前のこの青年に何のメリットもないように見えるからだ。

 人間往々にしてメリットとデメリットがそろって初めて信用に足るというもの。この疑問が解決しないままに申し出を受けるわけにはいかない。

 

「それで其方の受けるメリットは何なのだ? 今のままでは何もないように思えるが」

「領内から"神の加護"持ちがでてそれを支援してるって評判だけでも十分なメリットなんだよ。それだけ世界が争いごとに満ちてるってことでもあるんだけど」

 

 なるほど、国にとって有用な人物を輩出してそれを支援している、という名目か。たしかにそれがあれば国内での発言力は上がるだろう。

 

「まぁお茶が終わるまでにゆっくり考えてよ。別に断ったからってどうにかしたりはしないからさ」

「この話、受けさせてもらおう。学業は己が心身を鍛える場、私にとっても都合が良い」

「それはよかった。また後日入学試験、といっても形ばかりのだけど、受ける日程を送るよ」

 

 満足げに頷くと彼もまた紅茶を口にする。

 

「なに、学校の間は学生らしく楽しくすごしてくるといいよ。あ、でも落第だけはしないように頑張ってね」

 

 付け足すように述べてくる彼を横目に、私は紅茶と甘味のハーモニーを楽しんだのだった。

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