邪神ちゃん 呼び出される
ある日家に帰れば、扉の前に鎧姿の人が立っているのが見えた。
全身をほぼ覆う鎧には様々な装飾が為され、どうやら随分な身分なのが見て取れる。
訝しげに思いながら近付くと、こちらへ一礼を交わしてくる。
「我が家に何か用か?」
「アルカ・セイフォンに領主さまよりの言伝がある。中に入り使者より用件を聞くがよい」
問えば、鎧からくぐもった声で返答がくる。
スキルの判別の日に確か言われていたな。神の加護が領主には喜ばれるとかどうとか。
とすればどうせ呼び出して顔でも見ておこうとかそういったことではないだろうか。
扉をくぐり家に入れば、粗末な机に不似合いな豪奢な服を着た人物が待ち受けていた。
「アルカ、あんたにお客さんだよ」
告げる母の顔には困惑の色が浮かんでいる。
それもそうだろう。我が家は別段貧しいわけではないとはいえ、裕福でもない一農民だ。
ただ税を納めている立場からすれば領主からの使者ですら、本来会うこともない人物。
驚きもすれば緊張だってするだろう。
「アルカ・セイフォンだな?」
どうしたものかと悩んでいるうちに、腰掛けていた使者が立ち上がり、私の方を見る。
「そうだが?」
「アルカ! 言葉使い!」
思わぬ返答に母から叱責が飛ぶ。とはいえこの口調は生来のものだからな、諦めてほしいものだ。
そんな私達をみて使者が苦笑する。
「おっと失礼。我が主人ノーラン領主グリザリア侯爵より伝言である。其方が神の加護を得た者であると聞き及び、侯爵さまは面会を希望しておられる。道すがらの手筈はする故に侯爵邸まで来られたしとの事だ。返答や如何に」
「ふむ……面倒ごとは断る。と言いたいが、断ったほうが厄介なことになりそうだな。わかった。承知したと、伝えてくれ」
「快い返事、感謝する。それではまた十日後に迎えにくる故。心の用意だけはしておくようにな」
こちらからの返事を受け取ると、もう用は済んだと言わんばかりに部屋を出ていってしまう。
残されたのは呆気に取られたような顔をした母と、苦虫を噛み潰したような顔をした私だけだ。
「あんた領主さまのお遣いになんて口の聞き方だい!」
いつの間にか正気に戻っていた母からしゃもじが飛ぶ。
頭に向けられて放たれたそれを、片手でつまみとる。食事に使うような物を投げるのは感心しないな。
「お迎えがくるまでにその言葉使い、しっかり治してもらうからね!」
そのままプリプリと怒った表情のまま昼食作りに戻ってしまう。
やれやれ、人間として過ごすのはなかなか苦労が必要なものだな。
「とはいえ、貴族家に招かれるだなどと想定外の事態だな。母よ、用意とは何をしておけばよいものかな」
「まずは服だね。そんなお貴族さまみたいな服は着なくてもいいけど、せめて新品の清潔な服ぐらいは用意しないと」
今までは近所からのお下がりなどで回していたが、さすがに貴族相手にはそうもいかんか。
「すまんな、苦労をかける」
「子供が大人に苦労をかけるのは当たり前だろ。あんたはそっちの心配はせずに言葉を直すことを考えな!」
労いのつもりで声をかけたのだが、去り際にお玉で頭を叩かれる。古今東西あわせても邪神をおたまで退けた女傑は、母ただ一人だろう。
しかし言葉遣い、な。今までずっとこの調子で過ごしてきたし、曲がりなりにも私は男よりの神だ。
今更この肉体に合わせて女らしく話せといわれても、背筋に氷でも差し込まれたような気分になる。
「うーむ、どうしたものか……いっそ神の加護を持っていいることを逆手にこのまま通せばいいのでは?」
だなどと思いつくが、万が一不敬だなどといわれて処刑なんて話になれば私はともかく母に面倒ごとが降りかかるだろう。
それは防いでおきたい。
「あー……私はアルカ・セイフォンだ──です。ううむ、慣れんな。これは」
邪神の権能さえあれば早々に物事が片付くのだが……
『ぱぱーん、ここで耳寄り情報でーす。レベルを上げてー区切りごとに権能を返してあげるって言ったらどうかなー?』
駄女神からの通信だ。これ自体着信拒否にでもできないものだろうか。いや、仮にしたところでどうやっても突破してこいつはこちらへ干渉してくるだろう。
創造神の前にはいかなる障害も無意味だ。なぜこんな女にその権能を持たせたのか。責任者がいるなら小一時間説教してやりたいくらいだ。
『もー、ちゃんとレベル上げに励めば他の力だって取り戻せるんだから! ちゃんと頑張らないとだめだからね!』
最早こいつには何をいっても無駄なのだろう。どうせ数十年もかかるようなものではない。さっさと今の邪神役を倒して天界へもどるための方策を考えるとしよう。
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