邪神ちゃん 村で過ごす

「おい、無口のアルカじゃねぇか」

「なんだ、猿か。私は暇ではない。用があるなら後にしろ」

「誰が猿だ! スキル何だったんだよ!」

 

 母に頼まれ、家の仕事を手伝っている最中、教会に行った日にも絡んできた猿に私は捕まっていた。

 こいつはあれからも、ことある事に絡んでくる。擬似人格時代に何があったのかはしらぬが、迷惑なことだ。

 

「俺は! 武術Ⅲだぞ! お前みたいな出来損ないとちげぇんだよ!」

 

 別段こいつのスキルなぞに興味はないのだが、自分から暴露するとは余程そのスキルに自信があるらしい。

 それもその筈、スキルのクラスがⅢともなれば十二分に戦力としてカウントされるぐらいの領域だ。

 勿論鍛えねば使い物になるまいが、スキルは地の力を大きく凌駕する。

 一般的な騎士団の隊員のスキルがⅣだということを鑑みれば、自慢したくなるというのもわからない話ではない。

 

「興味はないな。今は仕事中だ」

 

 視線の先でふんぞりかえる彼を無視して元の仕事に戻る。

 さっさとこの背中にしょった水甕を家まで持ち帰らねばならないのだ。

 

「どうせ何の役にも立たないスキルだったんだろ! 今度からは無能のアルカだな!」

 

 ええい、いつまでも煩い奴だな。

 こいつを魔法で吹き飛ばすも力でねじ伏せるのも簡単ではあるが、そんな事をすれば厄介ごとになるに違いない。

 そうすれば私はどうとでもなるが、迷惑を被るのは母だ。ここはおとなしく我慢の一手だろう。

 引き続き無視し、彼の横を通り抜ける。その瞬間奴は私の前に足を出してきた。

 転倒させるつもりか、足止めのつもりだろう。

 

「何のつもりだ? 私は忙しいといっただろう」

「スキルぐらい言っていけよ。それともその甕背負ったまま俺に勝つつもりか?」

 

 面倒くさい奴だ。言えば満足して去っていくのだろうか。

 思わずため息がでる。

 

「魔法と武術両方Ⅰだ。これで満足か?」

「へっ、やっぱ無能じゃねぇか。Ⅰじゃなんの役にも立たねぇだろ!」

 

 足が退けられたのを確認して家へと足を向ける。

 この猿は無視だ無視。

 

「無能のアルカ! 喋れるようになったからって調子乗んじゃじぇねぞ!」

 

 しつこい奴だ、まだ言っている。これは少し灸を据えたほうがいいだろう。

 

着火Tanio

 

 単純な着火の魔法で奴の前髪を焦がす。背後からは驚きと慌てたような声が聞こえてくる。

 ざまあみろ。これでも手加減に手加減を加えているのだから感謝してほしいものだ。

 続け様に罵倒のような怒声が聞こえてくるが、最早気にすることもない。

 

 家に着けば母がどこかそわそわするような感じで待っていた。

 送り出す直前にこういった使いに出すのは初めてだからとかなんとか言っていたから、心配していてくれたのだろう。

 

「戻ったぞ」

「重くなかったかい? 何てことはないって言ってたけど、大人が運ぶような甕だよ?」

「うむ、問題ない。私は邪神だからな。力も人以上にあるというものよ」

 

 背中から甕を下ろし、台所の隅へ置く。

 人の体で感じるわずかな疲労も心地よい。こういう点は下界に落とされたメリットとでもいうべきだろうか。

 

 こうして私は人としての暮らしをしばし楽しんだのだった。

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