邪神ちゃん 教会へ行く

「あんたは今日まで全然喋らなかったからどうしたもんかと思ってたんだよ」

 

 食事を終え、教会へ向かう道中、母からそう告げられる。

 それはそうだろう。聞けば赤ん坊の頃からほとんど泣かず喋らずだったというのだから。

 親として自分の子に対して不安を持つのは当然のことだ。

 

「しかしまぁ、何はともあれ喋ってくれるようになってよかったよ」

 

 くしくしと私の頭を撫でる手は、優しい。あのバカ女神がどんな基準で私が産まれる家を選んだのかはわからないが、悪くはない。

 やがて目指す先に人だかりができているのが見えてきた。どうやら教会の日ということで村中の同年代が集まっているらしい。

 

「お、無口のアルカがいるぞ」

 

 その中で一際体格の大きな男の子がこちらを指差す。彼の顔に浮かぶのは侮蔑の色か。

 まぁそれも致し方ない。共同体コミュニティの中で話せないというのは致命的、のけものとして扱われていてもおかしくはないだろう。

 だが、今は違う。この邪神アルガデゾルデが好き好んでではないとはいえ宿っているのだからな。

 

「体格だけデカい猿だな」

「アルカ!?」

 

 私の言葉に母が反応する。予想だにしていなかった言葉がでたからだろう。

 視線の先の彼も驚いたような表情で固まっている。

 

「今まで黙っていたから、いつまでも話せないままだとでも思ったか?」

「な、なんだよ! しゃべれんじゃねぇかよ!」

「キーキー喧しいな。猿は猿らしく山に帰ればよかむぐ」

 

 色々と言おうとしたところを背後から母に口を塞がれる。

 

「アルカ。話せるようになったからといって悪口は感心しないよ」

 

 ふむ、それもまた処世術というものだろうか。ここは母の顔を立てて大人しく黙ろうではないか。

 

「あんたも今まで散々アルカをいじめてきたのは知ってるよ。だけど今日は特別な日だ。黙って洗礼を受けてきな」

「ちっ、覚えてやがれ」

 

 憎々しげに舌打ちをして少年が去っていく。去り際のセリフが典型的な小悪人なのは賛美に値するな。

 

「アルカも。ああいう手あいに絡むんじゃないよ。何のスキルをもらうかわからないけど、あんたは女の子なんだから」

 

 うむ、私の一番の問題はそこよな。よもや下界に落とされるにしてもせめて男であってほしかった。

 とはいえ、ここでないものねだりをしても仕方ない。できる限り不審に思われずに女性として過ごすのみだ。


 いや、ただ過ごすでは駄目だ。この世界の邪神役をつきとめてそいつをどうにかしないことには天界に戻ることはできないだろう。

 そういうところだけはきっちりするのがあのバカ女神だからな。

 

「では次、アルカ・セイフォン。中に入りなさい」

 

 一体どうすれば自然に振る舞えるか、そんな事を考えているうちに名前が呼ばれる。

 どうやら教会の中に入るのは順番に一人づつらしい。

 母に促されるままに扉をぬけ、聖堂に入る。

 奥には桶に満たされた水と司祭が私を待ち受けていた。

 

「アルカ・セイフォンで間違いないですね?」

「そうだ。何をすればよい?」

「おや、話せるようになったのですね。良い事です。では、そこの桶の水に両手を浸してください」

 

 言われた通りに両手を桶に沈める。特になんの変化はないようだが……

 

『でででーん。邪神ちゃんのスキルビルドタイムでーす』

 

 脳裏に抜けた女声が響く。やっぱりきたか。

 今、私の脳裏にはスキルポイント2という文字とありとあらゆるスキルの名前が並んでいる。

 

『やー擬似人格だとレベル上げまではできなくてねー。サービスで2ポイントあげるからちゃちゃっとスキル取っちゃってよ』

 

 なんとも適当な儀式もあったもんだ。他の人間にまでこんな適当さじゃないだろうな。

 

『人間には原則干渉しないよ。決まってるでしょ』

 

 そうだったな、創造神が干渉するのは邪神を倒す英雄のみだ。ってそれはつまり私じゃないのか?

 

『うん。だから選んだスキル以外にも一個おまけ付けたげるから早く選んで」

 

 ええい、面倒くさい。大量にあるスキルをいちいち選んでいられるか。

 ここは汎用性の高い魔法と武術を取得しておこう。

 

『ほんとにそれでいいんだね? それじゃ、えーい。はいおっけー。そんじゃまったねー♪』

 

 適当な掛け声が聞こえたと思えば脳裏に浮かんでいた文字列がきえていく。

 残るのは目の前の水面に写された私のステータス画面のみだ。

 

 名前と先ほど取得したスキル。そしてーー

 ◯神◯◇△の加護の文言。水面では文字が朧げになって見えないようになっているが、コンソール画面ではしっかり見えている。

 燦然とかがやく【邪神ちゃんの加護】の文字が。

 確かに、元来邪神に挑むには何らかの神の加護がないと、辿り着くことも向かいあうことも闘うこともできない。

 それをまさかこういう風にねじ込んでくるとは思わなかった。

 

「おお、神の加護とは……この村で長年司祭をやってきましたが初めてお目にかかりましたな」

 

 頭の上から喜ばしげな声が降ってくる。まぁ神の加護はそうそう安売りはされておらんからな。その喜びも致し方ないものだろう。

 

「きっと領主さまもお喜びになるでしょう。ではアルカ・セイフォンの行先に神のご加護のあらんことを」

 

 その神さまの加護はある意味、自家発電なのだがな。まぁ何にせよこの村から旅立つ言い訳はこれでつくというわけだ。

 あとはどうにか自力で生計を保って邪神を見つけ出して引っ叩けば全ては片付くだろう。

 司祭に見送られて母の元へ戻る。どこかそわそわしていた母は、私を両手で迎え入れてくれた。

 

「アルカ、どうだった?」

「うむ、我が才は魔法と武術だ。同時に何やらの神の加護があるらしいな」

 

 その言葉を聞いた母の顔にぱっと喜色が浮かぶ。が、同時に寂しそうな顔にもなる。

 

「あんたがそれなりの道に歩めるってんなら、まさに鳶が鷹を産んだってやつなんだろうね。そうかい、神さまの加護か……」

 

 その心配げな顔はいずれ旅だつ私のことを思ってただろう。この母の事を思うのならば、人の一生分くらい共にいてやることは容易い。

 だが、邪神役を倒さねば私の苦行は終わらぬどころか、この世界自体が失敗作として廃棄対象になりかねない。

 そんな愚策は犯したくないのでな。まぁいつになるかは分からぬが、別れの時までは共にいてやろうではないか。

 

 こうして私は自らのやるべきことと母への思いを考えながら家路に就いた。

 

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