邪神ちゃん 転生す

「うん……?」

 目を覚ます、とはまた微妙な感覚だが、全身に感じるくすぐったさに体を起こす。

 ぱさりという音と共に体に掛けられていた布が滑り落ち、体の下からはガサガサとした感触が伝わってくる。

 そして鼻腔をくすぐる朝餉の香り。

 待て……香り、だと?

 

『ぶふっ』

 

 脳裏に声が響く、創造神の声だ。

 これは、もしかすると……

 

「やってくれたな、あの創造神アマ……」

『ふっくく、邪神ちゃん、女の子がそんな口聞いちゃだめ、んははははははは。ひぃーっ』

 

 人の脳裏で爆笑かますとは、何事だ。

 それに、女……?

 その言葉に慌てて自分の体を確認する。

 馬鹿な、いくら神として性別はないとはいえ、男よりの存在として生み出された私が女、だと……?

 確かに頭を傾げて見れば邪神の象徴たる黒髪が背中まで伸びている事がわかるし、手足は邪神と思わせない程に細い。

 それに身に纏っているのも、簡素ではあるが女物の服装だ。

 

「お遊びも大概にして、元に戻せ。人間に邪神を降ろせば精神がもたんだろう」

『無理でぇーす。何せその子あなた専用だもの。一応今まで擬似人格で育てたけどそろそろ大丈夫かなって』

「貴様──」

『だーって邪神ちゃんがいつもやられ訳はやだーって駄々こねてたから、これっくらいのお人形さんに邪神ちゃん邪神ちゃんちょいと詰めてっていれてみましたー』

 確かにその様な事を言った記憶はある。あるが、まさか酒の席での戯言を本当にやるなどとは思ってもみなかった。

「邪神が不在でどうするつもりだ?」

『今はみんな持ち回りで邪神役やってるからだいじょーぶ。ちゃーんとこの世界の邪神役を倒してきてねー』

「ふざけるな、すぐに戻せ!」

『無理だよ、知ってるでしょ。もう歯車は回りだしたら止められないって』

「大体、こんな状態で神を倒せだと? もし失敗したらどうするつもりだ!」

『んふっ、もう一回遊べるドン』

 

 この駄女神め……! これ幸いと人をおちょくりにかかってやがる。

 

『じゃあ頑張ってね~』

 

 ぷつりと脳内に響いていた音が途絶える。

 つまり、本当に戻れないのか……。

 はぁ…… 大きくため息を吐いて、もう一度辺りを見回した。

 

「とりあえず、現状把握からだな」

 そう独り言をつぶやき、神専用の情報へアクセスを試みる。

 だが、幸運なのはそこまで。邪神としての権能はその殆どが封印を表す赤字で表示されていた。

 唯一生来の力として埋め込まれているステータスのみは有効なようだ。今までの世界の基準から考えれば頼もしい数値がならんでいる。

 年の頃は12か。まぁ肉体的に成熟が始まるころなのでまだ良いとしよう。

 それにしても全く、やってくれる。この状態では神に挑むだなどと無理無謀というもの。

 

「あんの駄女神が……」

 

 権能が封印されている以上、亜空間にあるアイテムを取り出すことすらできない。

 ないない尽くしで一体どうしろというのか。とはいえここで頭を抱えていてもなにも始まらないだろう。

 諦めた目で周囲を見渡せば、粗末な土壁に粗末な作りのベッドと机。壁に開けられた窓からは朝日が差し込んでいるのが見える。

 今いる場所がそこまで裕福な場所ではなさそうだ。

 朝餉の香りのする方へ向かい扉を開けると、恰幅のいい女性が鍋に火をかけているのが見える。

 恐らく自信の年齢から逆算するに彼女が母親かそれに準ずる人物だろう。

 

「おや、アルカ。起きたのかい?」

 

 ふむ、この肉体の名はアルカというのか。覚えておかねばな。不自然な行動は不信を呼ぶ。

 

「朝のようだからな」

 

 努めて自然に言葉を返す。

 

「アルカ……話せるようになったのかい!?」

 

 が、それはある意味悪手であったらしい。あの女神め、擬似人格で育てたとか言っていた割に、ろくに機能していないではないか。

 さて、これを如何にして誤魔化したものか。木を隠すには森の中というし、いっその事、話を拗らせてみるとしよう。

 

「うむ、天啓があった故に。私は十二の神が一、邪神アルガデゾルデだ」


ふんぞり返って述べる私に、母はどこか慈しみを持った目で応える。


「……いや、話せるようになったってんなら何も言わないよ。でも教会の日に話せるようになるだなんて、本当に天啓なのかもしれないね」

 

 よし。良い方向に理解をしてくれたようだ。ただ問題は側から聞けば私の言葉は痛い人間のセリフになっていることだろうか。

 しかしあの女神め、タイミングを見計らっていたな。教会の日とは人がスキルを認識し、己が道を定める日のことだ。

 この辺りは我々が管理する世界共通の事象だから理解しているが、そこから先はまったくわからない。

 むしろ今の状態でまともなスキルをあの駄女神が授けてくれるだなどと一片たりとも思えない。

 

「ほら、いつまでそこでボーッとしてんだい。朝ごはん食べたらさっさと教会にいくよ」

「うむ。ではそうしようか」

 

 怪訝そうな顔で私を見つめる母を横目に席につき、朝の食事を楽しむことにした。

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