寄り道ガタゴト(時系列無視のサブストーリーです)

私の世界にはあなただけ


 それは少しだけ過去の話。


 私とあなただけの大切な思い出。


 ◎


 金木犀の香りに包まれる帰り道。


 涼しくなるというよりも、寒くなってきた秋の季節。


 すっかり痩せてしまった桜の木を見ていると、隣を歩く可愛らしい幼馴染が話しかけてきた。 


「ユメッチ、今日のご飯は何ですかね?」


 そう訪ねてきた後、ちょっと悪そうな顔をして「まぁ、私としてはハンバーグ以外、断固拒否するつもりなのですが」なんて偉そうな事を言ってくる。


「え?でも、昨日も作ったよ?ハンバーグ」


 昨日の夜ご飯もハンバーグで、刹那ちゃんは口の周りをケチャップで真っ赤にしながら嬉しそうに食べていた。


 本当はソースも作ってあったので、そっちを使って欲しかったけれど……可愛い顔で「ごちそうさまです」と言われてしまったので文句は全くなかったりする。


 二日続けて同じものを作ってくれと言われるのは嬉しいけれど……


「……毎日同じ物を食べるのは良くないと思うよ?それに今日は回鍋肉のつもりだったから……材料とか……」


 ハンバーグの材料はこのまま買って帰れば済む。


 だけど我が家の冷蔵庫……もとい刹那ちゃんのおうちの冷蔵庫には元気なキャベツくんと豚バラさんが眠っている。


 日曜日に一週間分の献立を考えてしまっている私としてはちょっとだけ困り顔。


 それに帰ってからハンバーグのタネを作るのでそのあとの予定が少しだけれど狂ってしまう。


 具体的には刹那ちゃんで癒される時間が減ってしまう。


 死活問題だ!


「う~ん、そっかぁ……ハンバーグ……ハンバーグ……」


 正直言って作りたくない。


 このまま何処にもよらず、真っ直ぐ帰って刹那ちゃんと過ごしたい。


 そんな邪な気持ちが私をもごもごさせる。


 でも……


「ささ、ユメッチ。刹那ちゃんの可愛いお腹が泣いてしまう前にスーパーへと急ぎましょう。おばさマダム達とのバトル展開とかゴメンですからね」


「えっ、ちょっと刹那ちゃん!?今日は別の献立が……」


 小さな手が私の手をぎゅっと握り、力強く私を引っ張る。無理矢理でいて、前だけしか見ない刹那ちゃんらしい行動。


 そして、まだ回鍋肉を諦めきれない私に向けて。


「――早く帰って、一緒にハンバーグを食べますよ!」


 少年のようなキラキラした顔で笑う。


 初めてあった日から何も変わらない刹那ちゃんの笑顔。


 ソレを見てしまったらもうおしまい。


 もうお手上げ。


「はぁ、次は駄目だからね」


 可愛く笑う刹那ちゃんを見ながら、ついていく。


 それまで考えていた不満とかは全部なくなって、ただ彼女への暖かい気持ちだけがキラキラ輝いて残る。


 ――大好き。


 そんな言葉を心の中で伝えながら、彼女と進む。


「あっ、でも付け合せは人参だけだからね?」


「マジですか!?酷いですよ!この天然鬼おっぱい!」


「は~い、ピーマンも追加入りま~す」


「ぬぁぁーー!」


 仕事を終えた太陽はゆっくりと沈んでいき、夜空へと変わっていく。


 優しく握る彼女の小さな手は、私の全てを暖める。


「……」


「ん、何ですか?」


「……ううん、何でもないよ」


 頬は熱く、心臓は忙しくて……でも……


「?そうですか」


「……うん、何でもない」


 ――心はまだ、吐き出せなくて……

 


 ▼


 全部、グチャグチャにしたい。


 それは消したくても消せない邪な気持ち。


 刹那ちゃんの家で家事をしたり、お風呂に入るようになってから、それはもっと酷くなった。


 刹那ちゃんとお風呂に入っているとき、いつも思ってしまう。


 このまま無理矢理にでも襲ってしまいたい。


 細く小さな体を。


 柔らかい唇を。


 小ぶりな胸を。


 可愛らしい顔を。


 全部汚したい。


 全部私が奪いたい。


 いつか、知らない男に盗られちゃうなら、それなら……


「ユメッチ?どうかしました?」


「……ううん、何でもないよ。……何でもないから……先にお風呂出てるね」


 湯気で曇った鏡に映る気持ち悪い女。


 彼女は簡単には消えてくれない。


「ではではユメッチ、良い夢を~」


「うん、おやすみ刹那ちゃん」

 

 刹那ちゃんの家を出て、自分の部屋に戻るとそのままベッドに倒れこむ。


 刹那ちゃんが好きなもので作られた部屋。


 何もない空っぽの部屋で自分を慰める。


「……ちゃんっ……刹那ちゃん……」


 今の私は刹那ちゃんと同じ匂いがする。


 ふわふわで柔らかい不思議な匂い。


 それは私をより気持ち悪く、より醜くする。


「ぁっ……ふぅ……刹那……ちゃん……」


 それは好きな人を思い浮かべてする行為ではなく。ただ、自分が気持ちよくなりたいだけに利用する身勝手な行為。


 指にまとわりつく熱くて気持ちの悪い快楽は触れるたびに溢れ出し、頭がどんどんおかしくなっていく。


 荒くなった呼吸をしながら、ただ彼女の名前を呼ぶ。


「刹那……ちゃん……っ~~!」


 絶頂する頭の中に浮かぶ都合のいい妄想。


 大好きな刹那ちゃんと一つになって、名前を呼び合いながら熱い熱に包まれる。


 行為だけじゃない、お互いの気持ちも重ねる。そんな綺麗で純粋な望み。


「はぁ……ん……はぁはぁ……」


 でも、それは叶わない。


 力の入らなくなった汗でベトベトの体。


 自分の匂いが部屋に充満している気がする。


 刹那ちゃんと同じ匂いはとっくに消えてしまった。


「……お風呂……入らないと……」


 スッキリしたはずなのに、体は重くて泥がまとわりついたような感覚がする。


 嫌悪感と不快感と罪悪感が混じり合い、心を黒く汚す。


「…………」


 耳には音が届かず。


 ただ不快な音だけが流れ続ける。


 刹那ちゃんと一緒に歩ける自分でいたい。


 そんな事を夢見て買った、大きな姿見。


「……ブスな女……」


 そこには醜い女が立っている。


 何もかも嘘で塗り固めた空っぽの人形。


 本物はたった一つだけ……


「……刹那ちゃん……私は……」


 ――君が大好きだよ。


 一人きりの部屋ですら、私は言葉にすることが出来ずに、ただ……


「――気持ち悪い」


 ボロボロと勝手にこぼれ出る涙を必死に拭おうとした。


 涙は止まらず、ただ嗚咽する。


 世界一可愛い女の子を好きになってしまった自分が……こんな気持ちの悪い女として生まれてしまった事を後悔しながら。



 ▽


 翌日。


 昨日よりも少しだけ寒くなった静かな朝。


 布団に包まれた小さな女の子を優しく起こす。


 気持ちの悪い自分を何重にも重ねた嘘で隠しながら、私は……


「おはよう、刹那ちゃん」


 ――今日もあなたへの好きを胸に秘め、同じ速度で隣を歩く。

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