あついですね

夏休み前のお話です。



 ☆


 セミがうるさくなり始めた、七月のある日。私とユメッチとその他約一名はコンビニにいました。


 期末テストのおかげで、半日で下校なのです


「あっつ……」


 コンビニから出ると、蒸し暑い夏の空気が襲ってきました。


 涼しい場所から出てくると、より暑さを実感します。


「バテた犬みたいな顔だな。君らしいみっともない顔だ」


 入口のすぐ近くで待っていた、口の悪い人物のせいで不快指数はさらに急上昇。


 自分も汗だくの癖に偉そうに……


「……ずっと外で待ってるなんて、あなたこそワンワンみたいではないですか。ほら、お手ですよ、お手。……あっ、あなたは生意気な野良猫さんでしたね。これは失礼」


 桜咲さんはちらりと流し目気味で私を見ると。


「そうだな、私は君とは違って誰にも縛られない自由な生き方を目指しているからな。気ままに生きる野良猫、むしろ褒め言葉として受け取ってやろう」 


 じりじり、日光を浴びて止まらない汗まみれの顔で皮肉を言ってきました。


 季節が変わろうと、この人は可愛くありません。


 なので、ついボソリと独り言が……


「……猫耳に振り回されてる癖に……」


「おい、今何か言ったか?怒らないからもう一度言ってみろ」


「ええ、言ってあげますよ。刹那ちゃんの可愛い天使な唇がないとまともに学校生活もぉ――ったぁい!?」


 むぎゅっ、と唇をつままれました。


「そうか、この唇か。この唇を引きちぎれば君は静かになるんだな?」


 ……どうやら相当お怒りの様子。


「んぐぅぐぐぅーーー!?」


「ははは、痛いだろう?辛いだろう?私を怒らせた罰だ。じっくり味わえ」


 しかし、いつもならこのまま延長するであろう、口喧嘩も……


「……」


「……」


 ――ギラギラ輝く太陽のせいで続くことはありませんでした。


「……あ~駄目です。暑すぎて喧嘩する気にもなりません」


「そうだな……それは同意だ……暑い」


 刹那ちゃんは繊細ですので、すぐバテバテになるのです。


 そうして喧嘩する気にも慣れずに、お互いバテていると。


「刹那ちゃん、桜咲さん、ごめんね。レジが混んでて、待たせて……二人共どうしたの?グッタリしてるけど?」


 暑苦しい胸を持ったユメッチが、コンビニから出るなり不思議そうに私達を見ていました。


 レジ袋ではなく、可愛らしいマイバッグにガッツリな惣菜パンが入っています。


 この暑さでその食欲は素直に羨ましいです。


「……いえ、気にしないでいいですよ」


 買ったばかりのアイスを取り出し、袋を開ける。


 あたり付きのガリガリなアイスです。


 ひんやり冷たい冷気に包まれた、その冷たく青い四角ボディをかじる。


「ん~~~ひんやり!」


 シャリシャリと口の中で、ソーダ味の細かい氷が砕け、溶けていく。溶けたアイスは体を涼しい気分にさせてくれます。


 ああ、夏なんだなと心の底から実感です。


「…………」


 そのままペロペロとアイスを舐めていると、桜咲さんがじっと見ている事に気がつきました。


 その目は私ではなく、私の手にあるアイスを見ている。


 チラチラ見ている。


「んふふふ~~ミント味って、どうして人気ないんだろうね」


 隣ではユメッチがミント味の菓子パンと言う、人によっては見るだけで嫌になりそうな物を食べていますが今は無視します。


 ミント嫌いですし。


 ……そういえば、桜咲さんは何も買っていませんでしたね。コンビニに入っていないので当然なのですが。


 ……この暑さでずっと立っていたんですよね、この人。


「…………」


 ちょっとだけ考えて、舐めたせいで溶けていた部分をかじって削り取ります。


 モグモグ、ガリガリ


「んっ!?キンッ、ってきました、キンッて……」


 アイスクリーム頭痛と言う色々ビックリな痛みに襲われながら、食べかけのアイスを桜咲さんの前に差し出します。


 それを見て、ちょっと不機嫌そうに。


「……何だ、これは?」


「アイスですよ、アイス。もしかして、知らないんですか?」


「そんな事は見ればわかる。私が聞きたいのは、何故君の歯型が付いた物を差し出しているのかと聞いているんだ」


 食べかけのアイスに予想通りの反応が帰ってきました。


 それはその通りだとは思いますが。正直、散々キスをしているので今更気にしますかね。


 それに素直に食べてくれるとは思っていなかったので、もうひと押し。


「いえいえ、アイスを食べていたらお腹が冷えて、痛くなってしまったので、残りを食べて欲しいんですよ。ほら、捨てるのはもったいないですし」


 まぁ、一ミリも痛くありませんが。


「だが――」


「食べかけは嫌でしょうが、どうかご処分お願いしますね」


「むぐっ!?」


 文句を言われる前に無理矢理、口の中に押し込む。


 ちょっと、勢いよくやりすぎたのか、桜咲さんはむせながらアイスを引っ張り出すと。


「げほっ、げほっ……いきなり人の口に物を入れるな!窒息したらどうする!」


 いつものように文句を言ってきました。


 相変わらず顔は可愛くても、中身は可愛くありません。


「その時は少しでも罪が軽くなる方法を探しますよ」


「いや、救命措置をしろ」


 小さくツッコミを入れたあと、桜咲さんは今にも溶けそうなアイスをじっと見つめて……


 シャリッ


 夏を感じさせる、そんな音と一緒にアイスをかじりました。


「君の食べかけだと思うと反吐が出そうになる。吐きそうだ」


「ちょっと、失礼ではないですか!美少女の食べかけをばっちいみたいに!」


「食べかけなんて不衛生そのものだろ。それに文句も言わずに食べてやってるんだ。感謝しろ」


 思いっきり文句言ってると思いますけど……


 呆れる私を気にすることなく、桜咲さんは小さな口を開いて――


 シャリッ


 もう一度、冷たいアイスをかじります。


 そして、少しの沈黙の後……


「冷たい……だが――悪くない」


 そう言って、静かに笑いました。


 その顔は幼くて可愛くて、とても綺麗。


 少しだけ、顔が熱くなる。


 ……ちょっと日差しが強いみたいですね。


「そうですか――それはなによりです」


 空を見上げると、大きな入道雲がありました。


 ゆっくり、ゆっくりと空を流れていきます。


 ゆっくり、ゆっくり――




 


「刹那ちゃん」


「ん、どうしましたか?」


「あ~~ん」


「えっ、あっ、はい。あ~ん……っ!?」


「えへへへ、新発売のチョコミント&パクチーのアイスだよ。どう?おいしい?」


「……まずいんですが……」


「え、そうかな?はむっ……ん~おいしいよ?」


「まあ、味覚は人それぞれなので……いえ、もういりませんし、口も開けませんからね?いりませんってば」


「そっか……おいしいのになぁ…………――ふふっ」


「……桜咲さん、さっきから黙ってますけど、虫歯にでもなりまし――」


「おい、見ろ!当たりだ!当たりがでた!当たりがでたんだ!見てみろ、ほら!当たりだぞ!」


「……あなた、そんなキャラでしたか?」


 その後、桜咲さんはその当たり棒を大事に大事に持ち帰るのでした。

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