あの子には猫耳が生えている
暗くて寂しい夜の道。
花火が終わり、賑やかだった会場も静かになっていく。
人々の熱気が無くなり、少しづつ冷えていく夜の空気とは裏腹に私の顔は何故だか熱を持ち、繋がれたままの左手からは彼女の温かい熱を感じる。
「桜咲さん」
「……なんだ?」
頭がぼーっとしていたせいか、不機嫌な声で返事をしてしまう。
「いえ、ユメッチとの合流場所まで何か話そうと思ったのですが……何も思いつかないので刹那ちゃんへの愛の告白をやり直してもらって構いませんよ?」
「なっ!?」
思わず大きな声を出してしまう。
姫花刹那はニタニタした目つきと心の底から馬鹿にしてやるというニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「さっきはおしっこ我慢してるようにしか見えないレベルでモジモジイジイジしていたので、刹那ちゃん自ら代弁してあげたのですが……あっ、この代弁はおしっこの上の行為の事ではないですからね?」
真面目な顔で下品な補足をしてきた彼女に対して、顔の熱は無くなっていき、繋いだ左手を振りほどきたい気持ちに駆られていた。
姫花刹那は私の視線に気がついたのか、目をそらしながら続けた。
「まぁ、とにかく刹那ちゃんが言いたいのはですね」
姫花刹那は私の左手を両手で包むように握り、そして……
「――私があなたに伝えた友達になりたいという気持ちは本物です。嘘なんてどこにもありません。だから、もし桜咲さんも私と同じように思っていたのなら、聞かせてくれませんか?ごっこじゃなくて、本当の友達としてのあなたの気持ちを」
人の心をぐちゃぐちゃにするような、そんな明るくて儚い笑顔を私に見せる。
思わず手で覆いたくなるほど顔が赤くなるのを感じるのと同時にすっかり慣れてしまった頭頂部への違和感を感じた。
確認するまでもなく、私の頭には元気にピョコピョコ、猫耳が生えているのだろう。
「こっ、これは、違う、違うんだ!」
パニックになった頭で何故か、必死に言い訳をしようとしてしまう。
こんな事、今更恥ずかしがる必要も隠す必要もないのにパニックになっている私の唇に彼女の柔らかい唇が重なった。
「ん……ぐふぅ……同性とは言え、やっぱり慣れませんね」
彼女はなんの躊躇いもなく私にキスをした。
それがまるで当たり前のようにキスをしたのだ。
「またあなたに急かされたら腹立たしいので、羞恥心をポイして素早くしてあげたのですが……桜咲さん?もしもーし」
今までも、キス自体はしてきた。でも、それは互いにとって仕方なくのことであって、こんな自然にするような物ではなかった。
「桜咲さ~ん?」
するときはいつも大切な何かを踏み越えるような気持ちでしてきたはずだ。なのに、さっきのキスからはそんな葛藤を感じることは無かった。
つまり――
「……これ、刹那ちゃんの友愛のキスに感動しすぎて死んだ可能性があり――いったぁ!?」
目の前の女に力の限りビンタをする。
「分かった……分かったぞ……そうでなければありえない」
「えっ?何?どういう事ですか?」
「君は――宇宙からやってきた地球外生命体が擬態した偽物なんだろ!!」
「えぇ……」
パニックになった頭で導き出した答えは暇つぶしで見たSF映画の影響をかなり受けていた。
※※※
「すまない……少しおかしくなっていたようだ」
「本当ですよ」
赤くなった頬を押さえながら姫花刹那は私の前を歩く。
「治してあげようとキスをしたらビンタされた上に、超電波な事言われて刹那ちゃんがかわいそうではないですか」
「すまない……」
不満を口にしながらも、彼女の手は私の手をしっかりと握ってくれていた。
頬はまだまだ熱い。
「……笹山さんとはもうすぐ合流できそうか?」
「ん~ユメッチの既読がつかないのでまだですかね」
「そうか……」
ほんの数秒の静寂。
私は一歩踏み出すことにした。
「……幼い頃、私にも友達がいたんだ」
「意外ですね、あなたの事だから昔からぼっち少女だと思っていましたけど」
「はは、馬鹿にするなよ。こう見えて昔の私はもっとお転婆で元気いっぱいの美少女だったんだぞ?人気があるに決まっているだろ」
「なるほど、刹那ちゃんと同じという事ですね」
「……」
「ちょっと、馬鹿にするなら言葉にしてください!無視はキツイですよ」
「とにかく、友達がいたんだ。もう名前も覚えていないがな」
もう名前も覚えていない。
それは少し違う、本当はもう思い出したくない。
ただそれだけ。
「この体質だからな。事実がわかれば人は離れていく。それ以上は説明もいらないだろう」
だから、離れてきた。
だから、閉ざしてきた。
もう傷つきたくはないから。
「そして、美少女刹那ちゃんと運命的な出会いをして、キュンキュンドキュンで惚れてしまったと」
「違う、死ね」
「死ね……?」
つい、いつもの態度で返してしまう。
このままでは一生、伝えることなんてできないだろう。
……変わらないといけないんだ。
「だが、今は……少しだけ……正直になってやる」
「むぅ、偉そうですね」
「いいから、大人しく聞け。……最初は自分のための約束だった。でも、君と笹山さんと過ごす事が少しづつ楽しいと思うようになった。誰かにおはようと伝えるのが、誰かにさようならと言うのが嬉しかった」
ずっとつまらなかった毎日。
ずっと寂しかった帰り道。
「帰りの電車の中では君に言われたことを思い出してイライラしたり、君が話したくだらない事を思い出して笑ったりした。そんな毎日が私はきっと、楽しかったんだ」
だから、終わりに気づいたとき……世界に一人だけ残された気がした。
何もないまま、元の一人ぼっちに戻りたくなかった。
「だから、これは……この気持ちは……この言葉は……私が君に伝えたい全てだ」
情けなくても、馬鹿にされる事になっても良い。
私は変わりたいんだ。
「私自信、ひねくれていて可愛くはないし、口も悪いほうだと自覚している。でも、それでも私は……――君と友達になりたい」
その言葉に嘘偽りは無いはずなのに、何故かチクチクした違和感を覚えた。
「ええ、勿論ですよ。さくら……」
姫花刹那は一瞬、言葉を詰まらせ。
「……いえ、よろしくお願いしますね……――玲奈」
卑怯という言葉が形になったような、そんな愛らしい顔で笑いながら私の名前を呼んだ。
「っ~~!?」
「あれま、可愛いお耳が……前から思っていたのですがあなた色々とクソ雑魚過ぎませんか?」
「……うるさい」
「おやおや、照れちゃって~~かんわいいですね~~うふふのふぅ」
「黙れ、馬鹿!やっぱり、さっきのは撤回だ。さっさと失せろ馬鹿女」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか!これには刹那ちゃんもプンプンですよ」
「猿みたいな顔で怒っても間抜けなだけだぞ?」
「ウッキィーー」
これから先の事は分からない。
でも、可能な限り私は彼女と過ごしたい。
そう心から思えたんだ。
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