もうひとり
刹那ちゃんから離れたかった昔の私は、一人の女の子を中心とする女子グループに混ざる事にした。
進級してすぐとはいえ、ある程度の繋がりが出来ている少女達の目は冷たく、心はずっと遠くの方に離れていた。
そんな攻撃的な視線を向ける子達がいる一方で、グループの中心的存在だった女の子……
「――これから、よろしくね。えっと……ゆめめ!」
思い出したくもない記憶の中でただ一つだけ残る、あの子に少しだけ似ている少女の記憶。
◇
「誘ってくれるのは嬉しいけど、花火も終わっちゃったし、遅くならないうちに帰ろうと思ってるから、ごめんね」
村上くんと花島くんは私の返事を聞くと、恥ずかしそうなそわそわしているような変な足取りで「また、教室で」と言い残し立ち去っていった。
私は二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ふ~ん、そういう感じかぁ」
そんな私の事を詩恩ちゃんはニヤニヤした顔で見ている。
ただ、見ているだけで特に何かを言うでもなく、手を下ろすまで私には彼女の視線が突き刺さり続けていた。
あの頃と同じように……
二人の姿が見えなくなると、私はこの場を離れるために適当な事を言おうとしたけれど。
「あっ、終わった~?」
ゆらゆら、ふりふり。
機嫌よさげに詩恩ちゃんは私の手を掴む。
可愛いネイルが目立つ柔らかい手。
刹那ちゃんとは違う女の子の手だ。
手を繋いでいるだけ、ただそれだけなのに嫌悪感と恐怖がじわじわと近づいてくる。
思い出したくない過去も引き連れて。
早くここから離れたい、早く刹那ちゃんに会いたい。
それだけで頭の中がいっぱいになっていく。
「ゆめめは屋台で何か食べた~?食べてないなら、シオちゃん様が豪快にゴージャスに奢りまくるよ?……千円までだけど」
「……大丈夫、来た時に食べたから」
奢る気満々だった詩恩ちゃんはゆるい猫のイラストが入った財布を見せびらかすも、私のもう食べたという返事を聞き、「そっか~」と残念そうにたこ焼きを買っていた。
「あっ、神社のとこで食べていい?あそこで食べると夏祭りって感じがするんだよね~」
詩恩ちゃんが言っている神社は今いる場所から反対側の方にある。
少しだけ話して別れるつもりでいたので、そこまで付き合いたくはない。
でも、はっきりという事も出来ないので濁しながらお開きに持っていくことにした。
「おっ?ゆめめ、どしたの?行かない感じ?」
「……私も久々に詩恩ちゃんに会えて嬉しい。嬉しいけど……もう帰らないと……だから、連絡先だけ教えて?そしたら今度、違う日に……」
心にもない空っぽな言葉をでっち上げ、逃げ出そうと必死に言葉を吐き出す。
「今度って?明日?明後日?」
「……そこまで早くは難しいけど、どこか違うお休みとかに……」
「まだ、夏休みはあるよ?それともゆめめの学校は始業式早い?」
「そうじゃないけど……でも、どこかのお休みで……
会う気も無いくせに、守る気も無いくせに約束をしようとする。
そんな私の手を、桃色髪の女の子は決して離さないようにぎゅっと私の手を握る。
「駄目駄目だよ、ゆめめ。面倒くさいって思ってるのがバレバレ。さっきの男子と対応一緒だよ」
「っ!?」
「どうせ、ゆめめの事だからさ、早くシオから逃げたいとか思ってるでしょ?ゆめめ、シオの事なんでか嫌ってたぽいし。でも、ざ~ん~ね~んでした。超久々に見つけたらには小一時間は粘着するからね~」
「……でも……今日は私だけじゃなくて……他に友達と……」
「――姫花刹那でしょ?」
「え?」
「いい子ちゃんのフリしてるゆめめが懐いてるのって、あのおちびくらいだし。むしろ、ゆめめが一人だけだったから話しかけたんだよ?シオ、アイツがいたら絶対に喧嘩する自信あるもん。あの時みたいに髪グシャグシャになりながら、ウキーって」
その言葉で思い出す、大嫌いだった刹那ちゃんの事を大好きになった日の事を。
どうして刹那ちゃんが泥だらけだったのかを。
モヤが無くなり、頭は冷静に。
迫っていた嫌悪感と恐怖はもうどこにもいなくて、すぐ近くまで来ていた昔の私をじっと見つめる。
そうだ、今の私は刹那ちゃんに好きでいてもらう為の私なんだ。
「……そっか……そう、だったね。うん……そうだよ」
なら、もう会うかも分からない人の前で頑張っても無駄。
さっさと逃げればいいんだ。
その時と一緒。誰かに嫌われても、刹那ちゃんがいてくれるなら気にする必要なんてない。
私は歩くのをやめる。
「ん?ゆめめ?お~い」
雪原詩恩。
刹那ちゃん以外に初めて出来た仲のいいお友達の女の子。
可愛くて、面白くて、皆の人気者。
「――ごめんね、詩恩ちゃん。私、貴女のことが大嫌いなの。だから、手を離して欲しい」
刹那ちゃんの次に嫌いになった女の子。
可愛くて、ずるくて、そして……
「おお、昔のドブカスにちょびっとだけ戻れたね。じゃあ、改めて……久しぶりゆめめ。悪いんだけど、話したい事があるんだ」
「話したい事?」
「うん、そうだよ~私の事が大嫌いなゆめめにしか頼めない――大事なことだよ」
――秘密を抱えたもう一人の女の子。
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