見えないなら
思ったより先に進んでしまっていたユメッチを追いかける。
「全く、あのおバカさんと長めにお話をしてしまったせいですかね」
浴衣を着ているせいか上手く走ることができず、下駄を履かなかった自分を心の中で褒めます。
走っているような、早歩きのような良くわからない形でユメッチに追いつくと人通りの少ない静かな雰囲気は消え、お祭りらしい賑やかな場所へと出ていました。
川沿いの土手には即席の観覧席が用意されています。
事前に予約が必要なしっかりとした区画と自由に場所取りが出来る区画の二種類に分かれていました。
毎年、花火大会の前に予約しようと思ったりはするのですが、結局忘れててそのへんで見てしまうんですよね。
おっと、それよりも今はユメッチが最重要です。
一歩も立ち止まることなく、人ごみの中へと入っていこうとするユメッチを呼びました。
「ユメッチ!」
息を切らしながら出した声は少しだけかすれていました。いつもであれば大したことのない運動量なのですが……死にそう。
「――刹那ちゃん……あれ……私……いつの間に……」
「はぁ……はぁ……やっと、追いつきました……よ」
驚いた様子で周囲を見るユメッチの前にヨロヨロと危ない足取りで近寄ります。
どうやら、本人も無意識で先に進んでしまっていたみたいですね。
やっぱり、何かを考え込んでいたのでしょうか?
まぁ、刹那ちゃんの事がキモくなって逃げたとかでは無くて良かったです、マジで。
そして、ユメッチは汗だくのドロドロな刹那ちゃんを見ようともせずに後ろの方へと視線を移し。
「……刹那ちゃん……」
「死ぬ……はぁはぁ……はい?」
「えと……桜咲さんは……一緒、じゃないの?」
そう、私に質問するユメッチの顔はとても変な顔でした。
心配しているような、気にも止めていないような――安心しているような……そんな変な顔をしているのです。
ユメッチの質問に一瞬だけ考えた後。
「あの人なら疲れたとか言って先に帰って行きましたよ。自分から行きたいとか言っておいて、先に帰るなんて困った人ですよ。……先に帰った人のことなんて、どうでもいいのですが……まぁ、一応、あれでも女の子ですからね。後で一応、連絡はしてみますけど」
別に全然心配なんてしてませんけどね?もし万が一何かあったら、私にも被害が及ぶので一応ですね、ええ。
「そう、なんだ……帰ったんだ、桜咲さん………………った」
「ユメッチ?」
「あ、ううん。残念だなって思って。あっ、でも、刹那ちゃん。桜咲さんスマホのバッテリーがないって言ってたよ?だから、連絡できなかったって」
「そういえばあのおバカ娘に連絡できないんでした」
刹那ちゃんの僅かなお情けで安否確認をしてあげようと思いましたが、連絡できない以上、仕方ありません。
それに今はあのおバカさんに言われた通り、ユメッチとラブラブな関係に戻らないといけませんし。
連絡するのはまた明日にしましょう。
「……とりあえず行きましょうか。花火まで時間ありませんし」
「うん」
そうして、花火が始まるまでの少しの時間をユメッチと一緒に歩きながら過ごしました。
数は減りましたがまだまだ並ぶ屋台を見たりしながら、ユメッチにどう謝ろうか、いえ、そもそもユメッチが怒っているのか。そもそも、どうして先に行ってしまったのか、話をどう始めればいいのか考えますがピンと来ません。
ずっと、ずっとずっと一緒に過ごしてきたはずなのに。
ユメッチにとって入ってきて欲しくはない場所に踏み込んでしまうかもしれない。そんな事が頭に浮かぶせいでなかなか進みません。
友達とは、幼馴染とは……家族とはこんなに話しづらい物でしたっけ?
一人、心の中で唸りながら前を歩くユメッチの後ろ姿を見つめます。
うなじの良さに目覚めかけていると。ふと、昔ユメッチに言われた事を思い出します。
それは私がまだユメッチと仲良くなれなかった頃に言われた言葉。
『私、姫花さんの事――大嫌いなの』
鬼婆……母を除いた親族に虫歯になるくらいに甘やかされて生きてきた私にとって、その言葉は驚きでした。
この可愛い美少女を嫌いになれる人間がいる事に。
そして、その言葉がきっかけで私はどんなに嫌われようとユメッチの友達になってみせると野望を抱き始めたのです。
大嫌いな物ですら大好きになれる、そんな世界を見てもらう為に。
「……そうですよ……深く考える必要なんて……ありません」
私は頭を空っぽにして、大切な幼馴染を呼ぶ。
「ユメッチ」
「えっ!?刹那ちゃん!?」
驚く彼女を無視して、無理矢理に手を取る。
「え?えっと?あれ?」
私よりも大きい彼女の事をズンズンと力強く引っ張っていきます。
「花火って、去年見ましたっけ?」
「え?えっと……見たよ」
何も考えていないせいか、しょうもない話題を口にしてしまいます。
「そうでしたっけ?」
「……刹那ちゃん、食べる事に夢中だったから」
でも、何も考えていないせいか。言葉を口にする事への不安はどこにもなくて、いつもと同じような落ち着きを感じます。
「そうでしたね……なら、今日はしっかりとこの目で見ないといけませんね」
「うん。しっかりと見ないとね」
私には他人の心を見る事は出来ません。
ですが、もしかしたら私以外の他の人には心を見る事が出来るのかもしれません。
相手が何も思っているのか、何を求めているのか、それを分かっているかもしれない。
でも、私には見えません。
だから……
「私にはユメッチが何を考えているのか、何を言って欲しいのか分かりません。どんなにユメッチが怒っていても、悲しんでいても、私は心を見る事が出来ないので分かってあげられません。どんなに仲が良くても、どんなに好きでも見えないんです」
「……」
「だから――聞かせてください」
「刹那ちゃん」
「綺麗な言葉、汚い言葉、優しい言葉、酷い言葉も全部、聞かせて欲しんです。もし、そんなの言えるわけ無いだろって、思うなら安心してください。ユメッチが……夢子がどんなに私のことを好きでも、どんなに嫌いであっても、私は――絶対に夢子の事を大好きでいてあげます。だから……だから、抱え込んだり、隠したりせずに聞かせてください」
きっと無茶苦茶な事を言っているのでしょう。何故ならユメッチの顔が固ますので。ですが、もう止まれません。どう思われようが、私は私の言葉を聞かせるしかないのです。
「それがどんな言葉であっても、私は超可愛いお顔でアナタの手を繋ぎます、絶対に離してあげません……だから――一人にしないでくださいね、夢子」
そう言って、彼女の手を握る。
「……刹那ちゃん……私……私ね」
そして、ユメッチが何かを伝えようとしたその瞬間……――
「「っ!?」」
真っ暗なお空にドヤ顔で咲き誇る花火様が現れてしまうのでした。
「えっ?あの……タイミングがわっ……」
花火の音って、近くで聞くとヤバイですね。
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