見えないから


 ユメッチの様子がおかしい。


 いくら花火の時間が近いとはいえ、私の歩くスピードよりも更に早く歩いています。


 いつも隣にいてくれるはずの幼馴染はまるで逃げるみたいにずっと前を進んでいきます。


 話をする事も屋台を見る事もせず、ただ花火会場へと歩いていくのです。


「……君、笹山さんに何かしたんじゃないのか?」


 同じように何かを感じたのか、桜咲さんが小さな声でそう言いました。


 ですが、この刹那ちゃんには心当たりがありません。


「アナタをおちょくるような事はしましたが、ユメッチを怒らせるような事はしていませんよ」


 ……多分、ですが……


「それにアナタにはユメッチが怒っているように見えるのかもしれませんが……いえ、やはりアナタが言うように怒っているとは思いますけど……」


 その怒りの感情が私には向けられていない、そんな気がするのです。


 上手く言えませんが……


「何か、良くない感じはしますね。何となく……」


「……なら、さっさと謝るなりしてくれ。君が嫌われるのは構わない、だがこれから花火を見ようとしているのに、笹山さんが負の感情を抱えたままなのは……私としてもあまりいい気持ちではないからな」


「むぅ……それは分かっていますが……いいのですか?」


「何がだ?」


「もし、私とユメッチが戻って来ないまま、アナタ一人で花火なんか見たら大変な事になるのではないですか?」


「……それは、どういう意味だ?」


「花火に興奮してうっかり猫耳を出すんじゃないかと心配してるんですよ。それで猫耳を見られるのもまずいですが、それを消すためにキスをしなければいけなくなる事が一番心配なんです」


 小さい子みたいに大興奮したせいで猫耳もポンッ、みたいな感じで。そして、そんな理由のせいで刹那ちゃんの夏の思い出にいらん記憶が挟まってしまう事も。


「…………そんな理由で出てくる訳がないだろ。君とは違い私の精神は十分に成熟しているからな」


「……でも、割と良くわからない事で出てきてたりしてましたよね?」


 夏休み前はそのせいで面倒な毎日でしたから。


「馬鹿、黙れ、うるさい、この話は終わりだ」


「……とにかく、君は私ではなく笹山さんの事を考えろ。これまで長く過ごしてきたのなら、これからもずっと過ごしていく事になるんだ」


「それはそうですが……」


「なら例え小さな違和感だったとしても、それが大きな溝になる前に解決しろ。人間同士の繋がりは一度消えたら――簡単には直せないからな」


 さも何やら重い背景があるかのような顔で桜咲さんはそう言いましたが…… 


「……ぼっちのアナタに言われると腹立たしいですね」


 私に響くことは無いのでした。


「コイツ……とにかく、君は早く謝ってくるんだ」


「言われなくても、分かってますよ……あっ、アナタはどうするんですか?」


 私がユメッチと話す間、どうするのかと聞くと。


「……気まぐれで参加したが、人が多くてうんざりしたからな。このまま帰るとするよ」


 気まぐれって……別に誘った訳では無いのですが……


「あれ、花火、一緒に見ないのですか?」


 さっきは花火を見るって言っていたのに。


「ああ、私はやめる。笹山さんと一緒に見ていくといい……それに――君の言うようなもしもの事態になって、迷惑をかける訳にはいかないからな」


「む、そうですか。それは…………お疲れでした」


 一瞬、引きとめようかと思いましたが、本人が言うのなら仕方ありません。


 本人には言えませんが、ついでに猫耳への心配も無くなるのでちょっとありがたいです。


 気が付けば、随分と先に行ってしまった幼馴染を追いかける前に。


「では、ユメッチと再びラブラブになってきます。あっ、気をつけて帰るのですよ」


「うるさい、早くいけ」


 何となく、桜咲さんに向け、小さい子に呼びかけるような事を言ってしまいました。

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