迷い少女と恥ずかしい


 世の中のほとんどの人間は善でも悪でもない。


 誰から聞いたのか、何で知ったのかは覚えてはいません……ですが、ふとそんな言葉を思い出しました。


 連絡が取れない桜咲さんを探す私の前には一人の浴衣を着た女の子。


 人ごみから少し離れた端っこで睨みつけるように座り込んでいました。自らの手と手を握りながら、まるで親の敵を探すかのような鋭い目つきで。


 誰かさんといい勝負をしそうですね、あの子。


「…………」


 彼女の前を通り過ぎる人の中には声をかけようか迷っている様子の人もいましたが……その恐ろしい目力に圧倒され、結局素通りです。


 もしくは誰かが何とかしてくれる、そう思って見て見ぬふりをしているのでしょう。


 面倒事や厄介事には巻き込まれたくはない。でも、見捨てたとも思いたくない。


 世の中の大半はそう思い、気には止めても関わろうとはしない。


 もちろん、私、刹那ちゃんもその一人。


 迷子だろうがそうじゃなかろうが、刹那ちゃんには関係ありません。


 刹那ちゃんが何もしなくても、そのうちに誰かがきっと何とかしてくれますよ。


 ですので、これ以上あの女の子を眺めていても時間の無駄です。


 さっさとあの猫耳さんを見つけなければいけないのですから。


 他人を助けるほど、刹那ちゃんは優しくありません。


「…………ぐしっ……すん……すん……」


 ……ありませんが……


「……どうかしたのですか?」


 まぁ、刹那ちゃんは実は天使の生まれ変わりの可能性があったりなかったりなので、特別に話を聞いてあげましょう。


 感謝なさい、名も知らぬ少女よ。


 あっ、その前にユメッチに連絡しなければ。


「えっ?あの人、普通に来たんですか?……はぁ……迷子を解決したら合流します。あと、先に色々回ってもいいですが、全部は駄目ですよ!」

 


 ……


 天使の生まれ変わりである心優しい刹那ちゃんはか弱い少女の声を聴いてあげます。


「ふむ……つまり、苺飴の屋台を見つけ、お姉さんを呼ぼうとしたら迷子になっていた、と」


 事情聴取をするように復唱する私の言葉に相づちをうつ、女の子――るみあちゃん。


 雰囲気を出そうとスマホのメモ帳に文字を書くもるみあちゃんの顔を見ながら、操作するので全く書けていませんでした。


 意味ありませんね、これ。


「うん、そうなんだ。苺飴買ってもらおうとしたら、おねえがいなくなってたの!ちょっと目を離したらどっか行っちゃった。はぁ……おねえったら……大人の癖に迷子にならないで欲しいよね!」


 迷子はあなたでしょ!


 腕組みをしながらため息をつくお子様に心の中で突っ込みます。


「……一応、聞きますけどて……迷子はるみあちゃんではなくお姉さんなのですか?」


「……うん、そうだよ。私もう四年生だもん。迷子になんかならないし!」


「……そうですか、分かりました」


 何としても迷子だとは認めたくはない。そんな彼女の見栄っ張りに呆れながら立ち上がります。


 どうでもいいんですが、小学四年生って意外と背あるんですね。私のイメージではもう少し小さいかと……それと目線があまり変わらなかった気がしますがきっと気のせいです。


 とりあえず、このるみあちゃんをどうするかを決めました。


 まぁ、迷子の放送以外出来ることはありませんよね。


「さてですね……るみあちゃん」


「うん?」


「あなたのお姉さんを探すためにとりあえず迷子の受付をしに行きましょうか」


 勝手に動き回るより、その方が確実です。


「うえっ!?何で?迷子はおねえだよ!私じゃないよ!私じゃないから!」


 予想通り、るみあちゃんは迷子の呼び出しをされる事に抵抗してきました。


 流石に受付まで行ってしまうと、自分が迷子として名前を呼ばれてしまう事に気がついているみたいです。


「私、行かないよ!行かないから!」


 そっぽを向き、拒絶していますが私と繋いだ手はそのまま。出会った時と同じようにまた鋭い目つきで……泣きそうになるのを必死に堪えています。


「……大丈夫ですよ、るみあちゃん」


 キッ、と睨みつけられるのに少しだけビビリながら、優しく彼女の両手を握りました。


「別に迷子になった事は恥ずかしい事ではありません。それにあなたのお姉さんもるみあちゃんと同じように怖くて寂しくて……もしかしたら泣いてしまっているかもしれません」


「………」


「ですので、早くるみあちゃんの名前を聞きかせて安心させてあげましょう」


「うん……」


  さて、あまり乗り気ではありませんが最後の一押しです。


「それに……私もるみあちゃんと同じ迷子さんですので、迷子同士何も恥ずかしくありませんよ」


「お姉さん……」


 名前を呼ばれる事、迷子だと思われる事を恥ずかしいと思っている彼女を安心させようと、そう思ったのですが……


「――お姉さん、その年で迷子って恥ずかしくないの?」


「……………」


 先程までとは違う、心底哀れそうな目と言葉で私を殴りつけてくるのでした。

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