日々とノイズ


 刹那ちゃんが戻ってくるまで、私は桜咲さんと一緒に歩いた。


 最初に買った苺飴以外にも、様々な屋台が並んでいる。


 焼きそばにたこ焼き、それにイカ焼きとかも……どれもこれもお腹を困らせる迷惑な匂いばかり。


 本当はもっと可愛くて小さな物を食べたいのに、頭の中はソースの事でいっぱいになっている。まぁ、可愛いよりもいっぱい食べたいと思ってしまうのはいつもの事なのかもしれない。


「桜咲さんは何か食べたいのある?」


 お財布を見せ、奢りますアピールをしつつ、桜咲さんの顔を見てみる。


「……む……あ、いや……とくには……」


  少し慌てた様子で返事をすると「どうやら、さっき食べた苺飴で満たれたらしい」そう言って、お腹をさすってみせた。


 あの小さな苺飴でお腹がいっぱいになるはずがないので、桜咲さんが遠慮しているのがよくわかる。


 さっきみたいに理由をつけて何かを買ってあげたいという気持ちもあったが……


「そっか……なら、もう少しだけ回ったら戻ろっか」


 それ以上の言葉を交わすことよりも集合場所に戻ることを選んだ。彼女がある屋台をじっと見ていた事に気がついていながら……


 桜咲さんと仲良くなりたいという気持ちも、もっと一緒にお祭りを見て回りたい、なんて気持ちもちゃんと私の中にはあって……でも……


「――刹那ちゃん、戻ってきてるといいね」


「ああ、そうだな」


 ――それよりも大きな気持ちが、桜咲さんと一緒にいる事を強く拒んだ。



 …………


 集合場所への帰り道は、人の少ない違う道を歩く事にした。


 私も桜咲さんも少しだけ静かな場所で落ち着きたかったからだ。


 少しだけ遠くから聞こえるお祭りの音。屋台で何を買うか話し合う親子の会話。私と桜咲さんのバラバラな下駄の音。


 それが今の私に届く世界の音。


「……はぁ……少し人が少ない場所を歩いているだけなのに、随分と変わるものだな。なんだか、遠くまで歩いてきてしまったような、そんな気がするよ」


「ふふ……本当だね」


 ――ノイズ。


 耳元で不快な音が流れ続ける。


「笹山さんは毎年来ているのか?」


「うん、来てるよ。まぁ、私が行きたくて行ってる訳じゃないんだけどね」


 私の言葉に桜咲さんは少し同情するような顔で笑い。


「……そうか、あの生意気な生き物の保護者としてか……それはなんというか……深く同情するよ」


「あははは……まぁ……うん、ありがとう」


「いつも思っていたんだが……大変じゃないか?」


「んえ?」


 突然の質問に変な声が出てしまう。


「あっすまない、半端な質問の仕方をしてしまった……その。いつも姫花刹那と一緒にいて、疲れたり嫌になったりはしないのか?」


 桜咲さんは私の目を見ながら、改めて質問する。


「えと……それは……」


 ――ノイズ。


 耳が痛くなるようなうるさくて迷惑な音。


「――うん、ちょっとだけ……ちょっとだけ疲れたりはするかも」


「ふむ」


 朝から夜までずっと一緒。


 それが当たり前になって、日常の一部になってもほんの少しだけ嫌な事を考えてしまうこともある。


 脱いだら脱ぎっぱなしの制服や捨てないままで放置されたお菓子の袋。ちょっとだけお説教したら、しばらく口を聞いてもらえなかったり……そんな小さったり大きかったり、色々な事。


 そんな色々な事もある、でも…


「でもね……そのちょっとよりも大きな幸せをくれるんだよ。刹那ちゃんは。だから、嫌だなとか思ったりはしないかな」


「…………笹山さんが気にしていないなら、私が口を挟むべきではないな」


 桜咲さんは微笑む。


「ああ、そうか……」


 ――ノイズ。


 うるさい。


 ――ノイズ。


 うるさい。


 ――ノイズ。


 うるさい。


「――笹山さんは本当に彼女の事が大好きなんだな」


「……うん……そうかも……」


 最後の言葉は適当な返事。


 桜咲さんと一緒に歩くだけで聞こえ続ける知っている音。


 聴き慣れた心地よい音のリズム。


 それを変えてしまった不快な音。


 必要のない不快なノイズ。


 うるさい、うるさい、うるさい……


「……大好きだから……だから……」


 小さく呟く言葉は、やはりだれにも届かない。


 そして、一通りの少ない道は終わり、元の騒がしいお祭りの空気へと帰ってくる。


 お祭りの賑やかな音は不快なノイズを消し去り、私を冷静にさせてくれた。


「……桜咲さん……」


「ん?」


「……ううん、ごめんね。何でもないや」


 飲み込んだその言葉は――卑怯な私にピッタリな言葉。


 それはアナタの世界が奪った、私の世界の醜い悲鳴。

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