私だけの……


「道に迷って遅れた、すまない。連絡しようとは思ったんだが、スマートフォンのバッテリーが寿命だったみたいだ」


「そっか、とりあえず刹那ちゃんに連絡するね」


 刹那ちゃんに桜咲さんが戻ってきたと連絡すると「迷子を解決したら合流します。あと、先に色々回ってもいいですが、全部は駄目ですよ!」と電話越しに言われた。


 仕方がないので、私は桜咲さんと先に屋台を回る事にした。


 私と桜咲さんの間には、近い繋がりがないからかとても気まずい空気が漂っている。


 二人だけで行動したことがない、友達の友達みたいな距離感。


 とりあえず、何かしないと。


「はい、桜咲さん」


「すまない、ありがとう」


 屋台で買ってきた苺飴。


 桜咲さんは、ソレを申し訳なさそうに受け取った。


 すぐに代金を聞かれたが、やんわりと奢りであることを伝えた。


 趣味と呼べる趣味もないので、貯金はそこそこある。なので、この程度のお金は痛くも痒くもない。


「……だが」


「いいから、気にしないで。私、これでも貯金いっぱいあるんだ。それに刹那ちゃんだったら、遠慮なんてしないよ」


 刹那ちゃんの口調を真似て「ありがたくいただきますよ」と言っておどけてみる。


 そう、刹那ちゃんだったら、こんな風にふてぶてしい顔で……


「……ああ、そうだな。彼女なら――そんな風に・・・・ふてぶてしく言うんだろうな」


「……えっ……あっ、うん、そうだよ」


 私が真似した刹那ちゃんを見て、桜咲さんは可笑しそうに微笑んだ。


 少しの違和感。


 でも気まずそうな空気をどうにかしたかったのだから、これでいいはずだ。


 何も問題はない。


 桜咲さんは飴でコーティングされ、テカテカ輝く苺を小さくかじる。


 ゆっくり静かに咀嚼し、飲み込むと。


「甘いな」


 少し嬉しそうな顔をした。


 その顔はとても可愛らしくて、思わずドキッとしてしまう。


 やっぱりとっても可愛いよね、桜咲さんって。


 自分の分の苺飴をかじりながら、改めて桜咲さんを見てみる。


 小さく細い体は、少し大人びた藍色の浴衣に包まれ、蝶と桔梗の柄が清楚さをより強く感じさせる。


 そして一際目立つ金髪は、すっきりしたアップヘアと少し緩めの編み込みが彼女の容姿をより強くしている。


 一言で言えば完璧美少女。


 百人中百人が振り返ること間違いなし。


 そう言い切れてしまうほど、彼女は可愛かった。


「ん?何か付いているか?」


「あっいや、えっと……その桜咲さん、すごい可愛いなって思って。ついじっと見ちゃったというか、じっくり見てしまったというか……ごめんなさい」


「謝らなくていい、見られることには慣れているからな」


 そう言って、桜咲さんは僅かに残った苺を食べた。


「それに……笹山さんは随分と素直に言ってくれるんだな」


 残った串を見つめながら、桜咲さんはそう言った。


「えっと……?」


 何を言われているのか、良くわからない。


 適当な事を言うわけにもいかず、私は固まってしまう。


「すまない、困らせてしまったな。私はただ、笹山さんはとても素直に発言できる良い人だなと言いたかったんだ」


「そ、そうかな。そんな事ないと思うけど……えへへ」


 桜咲さんの言葉に、何も言えずただ笑う。


 良い人、その言葉は私にふさわしくない。


 私はただ、刹那ちゃんに嫌われたくないだけ。


 昔みたいに、刹那ちゃんを嫌っていた自分に戻りたくないだけなんだ。


 いい人なんかじゃない。


「素直になんて……全然、そんな事ない、よ……私」


 素直に生きれたらどんなに幸せだろう、そんな後悔をしながら毎日生きている。


 そんな人間に素直な良い人?


 本心だとしても、そんな事を簡単に言わないでほしい。


「私はただ……ただ嫌われたくないだけ、だよ……別に、素直なんかじゃ……」


 喉で詰まって、上手く言葉に出来ない。


「そうか……笹山さん自身がそう思っているならそうなのかもな……ただ……」


 人がたくさんいて、騒がしいはずなのに桜咲さんの声はハッキリと聞こえる。


 聞こえなくてもいい言葉、聞きたくない他人の声が……


「彼女――姫花刹那は君のそういう所を気に入っているんじゃないか?」


 ――耳を塞ぐことも出来ず、ハッキリと聞こえてしまったんだ。


 桜咲さんが口にした、悪意のない言葉は私の心臓を強く締め付けた。


 それに、私には刹那ちゃんの名前を口にする桜咲さんの顔が、少しだけ恥ずかしそうに赤くなっているのが分かってしまった。


 キリキリ、頭が痛くなる。


「さて、ここでこのまま時間を潰すのは少し惜しいな。笹山さん、もう少し回ろう。彼女が先を越されて悔しがる顔を一緒に見ようじゃないか」


「うん……そう、だね……」


 そう言って、私の前を歩き出す桜咲さんの下駄の音。


 その聴き慣れない足音のリズムを、私は何故か――よく知っている。

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