夏祭りのエンカウント


「……本当に下駄じゃなくて良かったの?」


「いいんですよ。下駄なんて動きづらいだけですから」


 準備万端、後は玄関から外に出るだけというところで、ユメッチは心配そうに私の足元を見る。


 その視線の先には運動靴。


 髪も浴衣もバッチリ決めて、いかにも夏を楽しんでいます。なんて格好をしながら足元は普通の運動靴。


 下駄ではなくて運動靴。


 この日の為に下ろしたとかでもない、履きなれた運動靴。


 風情よりも動きやすさを取ったのです。


 そして、あまりにアレな私の選択にさすがのユメッチも……


「……分かった……行こっか……」


 ちょっとだけ不満そうです。


 ユメッチには悪いですが、浴衣も髪もユメッチの好きなようにしました。ですので、これくらいのワガママは我慢してもらいましょう。





 人でいっぱいの花火会場。


 集合場所に着きましたが、桜咲さんの姿は見当たりません。


 周囲をキョロキョロと見てみますが、やっぱり見当たりません。


「むむ、まだ来ていないのでしょうか?」


 目立つ容姿をしているので、すぐに見つかりそうなのですが、来ていないのならどうしようもありません。


 仕方がないので少しだけ待ちましょう。


 ……


 …………


 ――十五分ほど経過したのですが、桜咲さんはまだ来ません。


 どうしたのでしょうか?


「桜咲さん、まだ来ないね」


「そうですね」


 一応、メッセージを送ったり、電話をしてみたり、何とか連絡を取ろうとしましたが失敗。返信はありませんでした。


 こちらから呼びかけることが出来ない以上、ただ待つしかありません。


 ですが、あの無駄に神経質そうな桜咲さんが遅刻をするとは思えません。


 電車が遅れているだけという可能性もありますが……いえ、心配とはそういう訳でな無くて……ただ…………


「ん?刹那ちゃん?」


 ユメッチは突然立ち上がった私を、不思議そうな顔で見ている。


「……えっと……」


 一瞬、何と言おうか頭の中で様々な言葉が駆け抜けていくも。


「――ちょっと、桜咲さんを探しに駅の方を見てきます。あっ、桜咲さんと入れ違いにならない為にも、ユメッチはここで待っていてください」


 念の為に持ってきた防犯ブザー。


 キョトンとしている可愛い幼馴染に渡します。


「いいですか、ユメッチ。もし、変な人や酔っ払い。もしくは陽キャの集団に声を掛けられ、しつこく誘われたらこれを使うのですよ」


「えっ、あっ、うん……分かった」


 こんな場所にユメッチを一人きりにするのは不安ですが、彼女ももう高校生。多少の事なら何とか出来るでしょう。


 子供ではないのですから、自分の面倒は自分で……


 そこまで考え、ふと、家でのユメッチの姿を思い出す。


 怠ける私をまるでお母さんのように注意するユメッチの姿。


 そして、自分の面倒を全て、ユメッチに依存しているだらしない自分の姿を。


 ……


 …………


 ……あれ?これはもしかして、私が単独行動する方が危ないのでは?


 自分の中で、認めたくはない危機感を覚え始めていると。


「……刹那ちゃん、一人で大丈夫?もし迷子になったら、私に電話してね?すぐ見つけるから」


 案の定、ユメッチに心配されてしまう。


 私としては、ふわふわしたユメッチを守っているつもりでした、が。


 ……もしかして庇護されているのは私の方なのでしょうか?


 ……今、それを認めたら泣いてしまいそうなので、後にしましょう。


 それよりも桜咲さんを探しに行かなくては。


「では、ちょっと探しに行ってきます」


「うん、気をつけてね」


 優しく笑うユメッチに見送られ、私は駅の方向に向かうのでした。




 慣れない浴衣で転んだりしないよう気をつけながら急ぎます。


 ユメッチをあまり待たせるわけにはいきません。

 

 早くあの猫耳娘を見つけて戻らなくては、花火が始まって屋台グルメどころではありません。


 もし何かの拍子に猫耳を出してしまったら大変なんですから。


 屋台が並び、賑やかな人ごみの中をかき分けるように進んでいると。


「む、あれは……」


 人ごみから離れた場所で、一人座り込む小さな女の子に出会いました。


 


 

 


 ◇ ◆



 刹那ちゃんが桜咲さんを探しに行った少し後。


「……刹那ちゃん、大丈夫かな」


 一人、集合場所で待つ私の元に……


「――すまない、遅れてしまった……ん?笹山さんだけか?あの生意気な小動物は来てないのか?」


「……あれ?」


 ――桜咲さんがやってきてしまった。

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