あなたの距離/うたかた/マザー


 カラン、コロン


 一歩進む度に聞こえる下駄の音。


 カラン、コロン


 一歩進めば大きくなるお祭りの音。


 カラン、コロン


 一歩踏み出して見に行く夏夜の花火。


 カラン、コロン


 一歩進んで見上げる夜空の花。


 カラン、コロン


 一歩進んで縮めるあなたとの距離。


 カラン、コロン


 カラン、コロン


 二歩進めばきっと届く――あなたの可愛い唇に……



 もう少しであなたはやってくる。


 花火を見に行く為に。


 コルクボードに貼られた一枚の写真。


 あなたに手を繋がれ、楽しそうにしている過去の私。


 友達の距離に満足している、臆病な私。


 今まではそれでも良かった。それで良かった。


 届かないのなら、近くで見ているだけで……良かったんだ。


 写真にそっと触れ、呟いた。


「私はね――手を繋ぐだけじゃ嫌なんだ」


 


 ◆


 夏はうたかた。


 脆く、儚く、一瞬で消えてしまう。


 永遠を願っても、世界は回り続ける。


 一秒、一秒、終わりへと進んでいく。


 そう、永遠に続く事なんてありはしない。


 始めた以上、終わりもいずれやってくる。


 それがどんな始まりであれ、終わりは避けられない。


 押し寄せた後悔が私の首を絞める。


 そんな後悔の中、奇妙で曖昧なむず痒い気持ちが胸に湧く。


 名前の分からないその気持ちが――私をおかしくする。




 祖母が着ていた浴衣。


 それは私が着るには大きくて、とても不格好な物だった。


 可愛いよ、そう言って褒めてくれる祖母に不満をぶつける訳にもいかず、集合場所まで向かう。


 久しぶりに履いた下駄の音は奇妙で心地が良い。


 空を見上げると、暗い空には星が微かに見え、オレンジの空も僅かに残っている。


「……曖昧な色だ……」


 ふと、そんな言葉が口からこぼれた。


 少し歩くと、閉店したらしき居酒屋の看板が見えた。


 【セツナの名残雪】


 良くわからない店名だった。


 でも、その看板は妙なモヤモヤを生み出した。


「……刹那……」


 試しに口にした言葉。


 私があまり呼ぼうとしない彼女の名前。


 それを口にしてみると、例えようのない違和感を感じた。


 その違和感はきっと……


「はは……言い慣れない言葉だな……」


 ――私と彼女の距離を表しているのかもしれない。


 止まっていた足を再び動かす。


 カラン、コロン


 下駄の音は私の後ろへと流れていく。



 ☆


「美人なお母様ーーー!どうか、どうか可愛い娘に慈悲を……えっ?自費で払え?いえ、そういう意味では……――切りやがりました、くそっあのオババめ!」


 桜咲さんに貰ったお金を使うのをやめて、私を産んだマザーにお小遣いをねだるも失敗。


 ほんの僅かな思考停止の後。


「……仕方ありません……罪悪感よりも屋台です!」


 そう決意した私は。急いで部屋に戻り、使えないように貼ったガムテープを剥がし、目にも止まらぬスピードで貯金箱からお金を取り出すのでした。



 罪悪感さんは一度、質に出しましょう。


 ……取りに行く予定はありませんけど。


「さあ、待っていなさい!夏のぼったくりグルメ達!」


 ワクワク、グルグル


 お腹が鳴くのでした。

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