ジリジリ暑いです


 日が沈めば花火大会。


 どんどん、きらきら、美味しく賑やかな時間が待っている、が……


 ――現在の時刻は午前十時四十分。


 お空に輝くは儚い夜の花ではなく、サンサンと輝く太陽さん。


 元気にじりじりアスファルトを温めておられます。おかげで歩いているだけで汗が止まりません。


 朝の過ごしやすい涼しさは無くなり、うだるような暑さが本気を出し始める。


 汗の雫は絶えず滴り、アスファルトに吸われていく。


「ぬぅ……これだから夏は嫌なんですよ」


 日陰を求め、ゾンビのようにのろのろ歩く。


 きっと、今足を止めたら溶けてしまいますね。


 セミの声が暑さを更に強くさせる中、ふらふら、ふらふら、コンビニを目指す。


 全てはひんやり冷たいアイスの為に。



 

 自分の家でありながら、私にはエアコンを操作する権利がありません。


「刹那ちゃん!前に言ったよね?部屋の温度下げすぎたらダメだよって。寒すぎるよこの部屋」


 ガンガンに冷えた私の部屋。


 私を起こしにやって来たユメッチが真っ赤な顔で怒っています。


「……そうでしたっけ?」


「言ったよ!風邪引いちゃうから、下げすぎちゃダメって!」


「残念ながら覚えがありませんね。ユメッチの妄言ではありませんか?」


 つい、苦し紛れに言ってしまったその言葉。


 その一言のせいで……


「もう!刹那ちゃんはエアコンのリモコン触っちゃダメ!絶対にダメだからね!」


 我が家の室温はユメッチの手で支配される事になってしまいました。


 無念。


 

 扇風機で過ごすには限界を感じ、冷凍庫を覗くとアイスが一つもありませんでした。


 だけど、何とかしてこの暑さから逃げたい。


 そこでユメッチに。


「もう少しだけ、温度下げてもいいですか?」


 そう願い出ましたが、結果は勿論。


「駄目だよ、駄目だからね」


 そう冷たく言われてしまいました。


 

 夜には花火が控えているので、多少は甘いのでは?と期待しましたが駄目でした。


 そして暑さに耐え切れずに私はコンビニへと足を運ぶ事になったのです。




 

 サラサラヘアに集まる太陽の光は、頭の温度を急上昇させる。


 帽子を被れば良かった、そう後悔し始めていると。


「こんにちは、姫花さん」


 誰かが、私に挨拶をしてきました。


 少しでも太陽から目を逸らしたくて下を見ていたせいで、誰か分かりません。


 顔を上げてみると、そこには美吹みぶき先生が立っていました。終業式以来なので、三週間ぶりくらいでしょうか。


 そして、美吹先生は、近くの喫茶店を指差し。


「ちょっと、あそこでお話してもいいかな?」


 そう提案するのでした。


 


「姫花さんがぐったりした顔で歩いていたから、心配で話しかけちゃった。ごめんね」


「いえ、こちらこそ心配をおかけしてしまいすみません。あっ、メロンソーダお願いします」


「私はアイスコーヒで……。でも、夏休み中に学校の先生と会うのって……何か嫌じゃない?」


「そうですねその通りだと思いますよ。実際、私も今こうして貴重な夏休みを奪われているので」


 遠慮なくズバズバ言葉をぶつけます。


「うぐぅ!?」


 案の定、何かが刺さったように美吹先生は苦しそうにします。


「……うう……もう少しオブラートに言って欲しかったな……気持ちは分かるけど」


「それはすいません。配慮が足りませんでした。今は学校とは違って、完全にプライベートモードでしたので」


「はぅっ!?」


 先生に追い打ちの言葉が刺さった所で、飲み物が運ばれてきました。


 メロンソーダにはアイスクリームが乗せられており、ちょっとラッキーな気分です。


 店内には、コーヒの匂いと落ち着いた音楽が流れている。


 まさに喫茶店。


「……先生もね、学生だった頃は、お休みの日に学校の先生に会うの嫌だったの。お休みの日くらい、学校から離れたいって」


 ミルクを入れたコーヒを混ぜながら、美吹先生は話を続ける。


「でもね……自分が先生になってみて、姫花さんを見つけた時に分かったの」


「何がですか?」


 スプーンに乗った冷たいアイスクリームを頬張る。


 冷たくて甘い、柔らかな衝撃が体を流れていく。


「先生ってね、学校での生徒の姿しか知らないものなの。制服を着て、規則を守った、同じ姿をした生徒の姿しか知らない。だから、姫花さんが普段はどんな服を着てるのかとか、どんな一日を過ごしてるのか、とか全然知らないんだ。学校では先生と生徒っていう繋がりがあっても、それは学校の中だけだから」


 美吹先生は「勿論、教えてくれる子もいるんだけどね」と嬉しそうに話します。


「だからね、姫華さん……他の先生は分からないけれど……でもね」


「――私は学校の外での姫花さんを見つけれて嬉しかったの。あっ、教え子の姫花さんだ!って、ワクワクしちゃって」


 いつも困った顔をしている美吹先生は、とても嬉しそうに笑いました。


 先生がそう思っているとは知らなかったので、少し驚きです。


「あっ、それでね姫花さん」


「ん、何でしょうか?」


 美吹先生は少し身を乗り出すと、私の耳元で。


「――その……桜咲さんとは……いつも一緒なの?」


 小さな声で良くわからない質問をしてくるのでした。


「どういう意味でしょうか?」


「あっ、そっか……うん、そうだよね。秘密にしたいよね。秘密の関係だもんね」


「?」


 美吹先生はとても満足げに一人でうなずいていました。



 

「姫花さんにはとてもいい物を貰ってるから、先生が払うよ」


 良くわからない理由で会計を済ませた先生は、ホクホク顔で足早に去って行きました。


 ……そんなに自分の生徒に会えたのが嬉しかったのでしょうか?


 いい話を聞いたような、そうでもないような。


 気弱な新任教師というイメージから、良くわからない変わった人として、私の中で先生の印象が変わる。


 気が付けば、時刻はお昼を過ぎていました。


 家に帰りながら、ふと、頭に浮かぶ。。


「確かに……全然、知りませんね……あの人の事」


 喧嘩や言い合いはたくさんしてきました。


 でも、よく考えてみたら、私とあの人の関係って何なんでしょうね?


 クラスメイト?


 お金での繋がり?


 秘密の共有者?


 それとも……


「……それは駄目ですよ、私」


 最後に浮かんだ言葉。


 それを口にするのは駄目だ。


「……はぁ……浴衣、やっぱり着ないと駄目ですかね」



 

 今日が終われば、夏休みが終わるまであと半分。


 夏休みが終われば見えてくる。




 私と桜咲さんの――不思議な関係の終わりが……



 胸のあたりがチクリと痛くなった。

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