あの子には猫耳が生えている

同じじゃなくても


 小さい頃、私は刹那せつなちゃんが大嫌いだった。



 家が隣同士。ただそれだけで、私は刹那ちゃんと仲良くしたいわけでもないのに一緒に遊ばされた。


 私達が遊ぶ姿を、お母さん達は、いつも微笑ましそうに見ていた。


 私がどういう気持ちでいるのかなんて知りもしないで。



 私はもう少し大きくなったら、この子とは絶対に仲良くしない。


 ――そう心に決めていた。





 

 ツヤのある綺麗な髪。


 スルスルと櫛が抜けていく。


 髪をいじるフリをしながら、何度もその綺麗な髪に触れる。


 ゆっくり、じっくり、愛おしく触れる。


 ただそれだけで、私の心は暖かくなる。


「……刹那ちゃんは、髪型。どんなのがいい?可愛いの?オシャレなの?」


「……ちょんまげはオシャレですかね?」


 私の部屋の鏡に写る、刹那ちゃんの顔は悪戯っぽく笑っている。


 私を困らせようとしているみたい。


「刹那ちゃんがオシャレだと思うなら、やってあげるよ。ちょんまげ」


 やり方なんて知らないけど。


「冗談ですのでやめてください。……普通に可愛いいやつでお願いしますよ」


「分かった。じゃあ、ちょっとだけ大人しくしててね」


「それは約束できませんね~……あの、嫌な音が聞こえますが。もしかして、バリカン持ってたりしませんよね?女の子相手にバリカンとか、冗談ですよね?」


 ちょっとだけ涙を浮かべる刹那ちゃんへの悪戯をやめて。ヘアアイロンを手に、どんな髪型がいいか、色々考える。


 すぐには思いつかなそうなので、とりあえず刹那ちゃんの髪を触る。


 今なら、髪に触り放題なので、触らない理由はない。

 

「ユメッチはやりたい髪型とかはないのですか?」


「ないよ~。私は私よりも、刹那ちゃんが可愛い方が嬉しいもん」


 嘘もお世辞も何もないひゃくぱーせんとの言葉。


 本当を隠した言葉。


「む、そうですか。なら、私は毎日くぁわいい~美少女でいるので、さぞ嬉しいでしょう」


 そう言って、刹那ちゃんはドヤ顔で振り向いた。


 可愛い。


 でも、今は髪に集中したいから、ごめんね刹那ちゃん。


「うんそだね」


「雑っ!?どうしたのですかユメッチ。いつもなら可愛く肯定してくれるではないですか」


「あっ、髪型思いついたから、ちょっと静かにしててね~」


「やっぱり雑ではないですか?」


 


 刹那ちゃんに始めて会った時の印象は――私よりもちっちゃい偉そうな女の子。そんな印象だった。


 

 小学生五年生になると、私と刹那ちゃんは始めて別のクラスになった。


 登下校は一緒だったけど、学校では一緒にならずにすむ。


 刹那ちゃんがいない教室。


 刹那ちゃんに無理矢理手を引っ張られる事も、やりたくもないボール遊びをやらされる事もない。


 私はそれがとても嬉しかったんだ。


 そして、体の中を突き抜けてしまいそうなほどワクワクもしていた。



 刹那ちゃんがいない、自分の新しい生活に……

 


 でも……その新しい生活はとても酷いものだった。


 私のことを嫌いだった女の子達が……これ以上は思い出したくもない。


 色々なことがあって、学校に行くのも嫌になったとき、刹那ちゃんが家にやって来た。


 ボロボロで泥だらけの汚い格好で、私に言った。


「外を見るのが怖いなら、これからは私の事を見ていてください。あなたを守るなんて事は言えません。ですが、もしどんな嫌なことが見えそうになっても、私の可愛い顔で見えないようにしてあげます。だから――一緒に学校に行きませんか?」


 自分がずっと嫌っていた女の子の顔を、その時初めてしっかりと見た。



 とても……とっても可愛い顔をしていた。





「……少し可愛すぎませんか?」


 自分から可愛い髪型を頼んでおいて、緩く巻いたふんわりヘアに不満げな顔の刹那ちゃん。


「ううん、とっても似合ってるよ。刹那ちゃん、超美少女だよ」


「何か一周回って、馬鹿にされているような気がしますが……」


 本当に褒めているのに不服そう。


 ちょっとだけ残念。


「……ねぇ、刹那ちゃん」


 鏡とにらめっこをしている刹那ちゃん。


「何ですかユメッチ?」


「……あのね……あの、ね……」


「?」


「私はずっと刹那ちゃんの事見てるよ。これまでも、これからもずっと……見てるよ。だから――」


 刹那ちゃんも私の事を見て欲しい。


 ずっと言いたかった、その言葉はやっぱり伝えることは出来なくて。


「むぅ、あんまり見られると恥ずかしいですが、気持ちはとても嬉しいですよ」


 気持ちだけが大きくなる。


「あははっ……ごめん」


 行き場をなくした思いは……どうすればいいんだろう。


「ユメッチが、私の事を見てくれるのはとても嬉しいので――まだまだ、可愛くなる美少女刹那ちゃんの顔から目を逸らしてはいけませんよ」


 可愛い笑顔が私に向けられた。


「うん、勿論だよ」


 刹那ちゃんに向けて、笑顔を返す。



 嫌なことを見せないように、あなたが見せ続けてくれた笑顔は――いつからか私に周りを見えなくさせてしまったんだ。

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