むか~し
幼い心は純粋で真っ白で――とても残酷だ。
幼い頃の私は今ほどひねくれてはいなかった。
同年代の子と一緒に遊ぶ事もあった。勿論、母に帽子をかぶるように強く言われていた。何故なら、この頃は今よりも簡単に猫耳が姿を現していたからだ。
友達と遊ぶ、そのワクワクだけで出かける前から猫耳が生えていた。
母にキスをしてもらい消していたが、外ではそうもいかない。
母はそんな私を見て、直接言葉にする事はなかったが、もし猫耳を見られたら友達と遊べなくなる。いつもそう私に言っていた。
その言葉は幼い頃の私にはよくわからなくて、ただ見られてはいけないもの。そんな認識を持っていた。
でも心の底から納得していた訳じゃなく、母の言葉を聞くたび私は「可愛いのに何で隠すの?」そう言って母を困らせていた。
何で?
どうして?
そうやって、自らの口から溢れる疑問はいつだって純粋なもので。
何故、母がそんな事を言うのか。どうして頭に生える耳を隠さないといけないのか。幼い私には良くわからなかった。
家の中では隠さなくても良くて、外では駄目。それが理解できなかった。
この時の私にとって、人とは違う、他の人にはないあの異物はとても誇らしいもので――決して隠さないといけないような物じゃない、そう思っていた。
「ねぇねぇ、れいなちゃん。どうしていつも帽子かぶってるの?今日はおひさま隠れてるよ?」
ある日、いつも一緒に遊んでいた女の子にそんな事を言われた。
空が晴れていようが、曇っていようが、私はいつも帽子を被っていた。
その姿は、事情を知らなければ不思議で仕方がないだろう。
「……お母さんが、帽子をかぶりなさいって言うんだ」
そして、帽子の事を聞かれるたび、そう言葉を返していた。
そうやって相手に伝えれば、それ以上帽子について聞かれることはなかったから。そう言えば、普通に遊んでいられたから。
でも――
「帽子取ってみてよ」
好奇心を抑えられなかった女の子はキラキラした目で私に言った。
断らなきゃいけない。
頭では分かっていた、だが……
「……いいよ」
私は断らずに、彼女の言葉を聞き入れた。
帽子を取らないと嫌われてしまう。そう思ったからだ。
でも、本当は……
――コレは母が心配するほど変な事じゃない。
本当はそんな事を、ただ確かめたかっただけだったのかもしれない。
帽子を取るまでの間、私の心臓は破裂しそうなほどにうるさくて、帽子の下にはもう猫耳が生えている感覚があった。
帽子を取れば猫耳を見られてしまう。
それをよくわかった上で、私は帽子を取った。
何も隠さない本当の私を見て欲しくて……
そうして、外に始めて出た猫耳は、風に揺られ少しくすぐったい。
帽子を取った、ただそれだけでとても自由になった気がしたんだ。
だから……だから。その喜びを目の前の女の子にも知って欲しくて駆け寄った。
触ってみる?とかこの耳動くんだよ、とか色々な言葉を頭の中で考えながら。
立ったまま動かない彼女に声をかけた。
「あのね――」
「――――――」
その時、彼女に何を言われたのか、よく覚えてはいない。
ただ、彼女が私に向けた言葉が私の求めていた言葉ではなかった。それだけは確かだ。
彼女の、自分にはない異質なものを見るその目は――私に他人との壁を作るだけの理由をくれた。
それからは無闇に耳が現れないように、人と距離を取るようになった。
この目立つ容姿のせいで、声をかけてくるものは必ずいたが、無視した。
そうやって生き続けてきた。
今までも――これからも……
「花火大会?」
私は祖母にそう聞き返した。
「明後日やるらしいよ。玲奈も行ったらどうだい?お友達と」
「いい、興味ないよ」
あらかじめ立てていた予定通りに課題をこなし、寝るまでの自由な時間。
何をして暇を潰すか考えた後。結局、明日やる予定の課題に手をつけ始めていると。
先日、夕食を食べに誘ったら、案の定文句ばかり言ってきた生意気な顔が浮かんだ。
無駄に写真も撮りまくっていた失礼な女の顔が。
「……花火大会……来るんだろうか」
彼女との契約はあくまで学校の中でだけ。夏休みに入った今、彼女と会う理由はない。
気が付けば課題は進まず、私の手は止まっていた。
「変わった……と言っていいのか?」
唇を指でなぞる。
唇のは私じゃない――彼女の感触が残り続けている。
誰かが近くに立つ事が不快だった。
誰かが私の傍にいる事が不安だった。
人とは違うのが嫌で、自分とは違う他人が大嫌いで。
だから一人でいた。
一人でいたかった。
ずっと……ずっと……
「……聞いてみるだけだ。別に誘う訳じゃない……」
自分に言い聞かせスマートフォンを手に取り、画面をタップしてメッセージを打ち込む。
『明後日、花火大会があるそうだな』
…………
…………
メッセージを送り終え、ベッドに横になる。
「……浴衣なんて持ってないぞ……」
無理矢理メッセージを送っておきながら、そんな事をぼやいた。
「……後で、浴衣がないか聞いてみるか」
浴衣の事は祖母に訪ねよう。
そうして、机の上の課題に意識を戻そうとして。
「……もうこんな時間か」
いつもなら寝ているはずの時間を、一時間も過ぎている事に始めて気がついた。
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