夏
「花火大会ですか?」
「うん、明後日やるみたい」
「そうなんですか」
「うん」
花火大会の事を知らされましたが、特に興味はありません。
「刹那ちゃんは……明後日、何か予定ある?」
「ありませんけど」
「そっか……」
「ユメッチは行くんですか?」
「うん、行くよ。でも、一人じゃ……行かないかも」
そう言ってユメッチはちらちらこっちを見てくる。お散歩に行きたいわんこが如く、しっぽを振っているように見えて。
キラキラした瞳が私を見てくる。
これは確実にお祭りに誘おうとしている。
「何かね、花火がすっごいんだって」
「そうですか」
ユメッチには悪いですが、面倒なのでできれば行きたくない。りんご飴にいか焼き、かき氷に焼きそば。明らかに割高な食べ物が並ぶ屋台に心惹かれはしますが……
ここは正直に行かない意思を示さないと。
「……私は行きませんが、ユメッチだけでも楽しんでくると――」
「あっ、そういえばね」
私の言葉を遮るユメッチ。
「何ですか?」
いつもにこにこしていますが、何だか今日はその笑顔がとても不気味に感じる。
なんというか、圧がすごい。
「――刹那ちゃんに絶対に似合うと思って――浴衣、買ったんだ!お揃いの」
ユメッチの手に握られたスマートフォンには、可愛らしい花火柄の浴衣が写っている。
それも一着ではなく、二着。色違いで。
これはまずい。
「……あ、えっと……浴衣どうやって着ればいいのか分からないので……今回は……」
何とか断らないと。
「大丈夫、お母さんがやってくれるから。刹那ちゃんは心配しなくていいよ」
「その、ギュッと締め付けられるのが……」
「キツくならないようにするから、心配しないで」
「人ごみが……」
「去年の花火大会、人がいっぱいるところを走り抜けてたよね?楽しそうに」
「……その……浴衣が好きじゃなくて……もっとラフな格好の方が……いいかなって……」
「今日から好きになればいいんだよ。――ね?」
顔をやわらかい手のひらで包まれ、物凄い圧を感じる。
「……はい」
相変わらずのニコニコ顔。
「よかった。じゃあ、ご飯作るね」
普段はふわふわな雰囲気の可愛い顔が、今はめちゃめちゃ怖い。逆らったら食べられそう。
ペロリと一口で。
「……めんどい」
雨乞いの方法をネットで調べていると、スマートフォンにメッセージ。
『明後日、花火大会があるそうだな』
上から目線の文字。
前回とは違い、業務的な文字ではありません。
『そうですが……行くんですか?あなたも』
『いいや』
『ならいいじゃないですか。おさらば』
『待て』
『何ですか?』
『君は行くのか?花火大会』
『ユメッチと行きますよ。いやいやですが、浴衣も着ます』
『浴衣?そうか』
『何がですか?』
既読はつくが返事はない。
『もしも~し?』
『桜咲さん?』
『おーい』
…………
その後、特にメッセージも来なかったので、お風呂に入ってからもう一度スマートフォンを見てみると。
新しいメッセージが来ていました。
『行くことにした。また連絡する』
五分ほど前に送られてきたメッセージはかなり一方的で。
「……いや、連絡するって……あの人、まさか私達と一緒に行くつもりなんですか……」
まだ、お風呂の熱が抜けきらない私を呆然とさせた。
まぁ、あの人らしいといえばらしいんですが。
コンコン、ノックの後にユメッチが部屋に入ってきた。
「刹那ちゃん。せっかく同じ浴衣を着るんだし、髪型も一緒にしない?」
「えっ、今やるんですか?花火は明後日ですよね?」
ユメッチはユメッチで、小さい子みたいにはしゃいでいました。
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