もやもや
『一緒にご飯を食べませんか?』
削除。
『食事に招待してやろう』
削除。
『残飯処理は得意か?』
削除。
『カレー食べようよ!』
ない。
削除。
『一緒に食事をしてやる、感謝しろ」
駄目だ、削除。
『一緒に…………』
……そこで思考は止まり、スマートフォンを持ったままベッドに倒れた。
ふかふかの感触が体を包んだ。布団からはポカポカした匂いがしている。
「……何をしてるんだ……私は……」
こぼした独り言は、誰にも届かず消えていく。
「食事に誘うだけじゃないか……」
顔を両手で覆い、こうなった理由を思い返す。
最初は適当に済ませようと思った。
祖母が出かけ、家にいない以上、食事は自分でどうにかするしかない。
しかし、何故か私は……
「ふむ……たまには何か作ってみるか……」
長い休みにどこか浮かれていたのか、そんな事を考えてしまったのだ。
そして、そんな安易な考えでキッチンにたった結果、出来上がったのは――一人では食べきれない大量のカレーと歪な形にカットされたトマトサラダ。
怪我をしなかったのが奇跡のよう。
ともかく過程はどうあれ、最終的には完成した。
そう、完成したのだ。
「……だが、一人では処理できないな」
冷凍しておけばいいと思ったが、それでも数日分はある。
流石何日も続けてカレーを食べたくはない。
かといって、同居人の祖母は旅行でしばらくは帰ってこない。
だが、これを一人で食べきることはほぼ不可能だろう。
そこでスマートフォンに名前がある憎たらしい女に連絡をする為、奮闘していたのだ。
「……」
だが、何も送れないまま時間だけが過ぎていく。
このままではいずれ夜になってしまう。
「そもそも、既に食事を済ませている可能性もある。仕方がないがやはり、一人で……」
鍋に入った大量のカレーを思い浮かべる。
……無理だな。
数日のカレー生活を避けるためにも、だめもとで誘うしかない。
「……」
だが、画面には何も文字が打ち込まれないまま時間は進む。
「……何を緊張している。相手はあの性格の悪い彼女だ。躊躇う必要なんか……」
そう考えた瞬間――あの日、海辺でされた口づけの感触が鮮明に蘇る。
彼女の顔と共に。
「っーーー~~~!?」
枕で顔を押さえつける。
顔が一気に熱くなり、悶える私の頭に慣れてしまった感覚と共に猫耳が現れた。
臀部の違和感から、恐らく尻尾まで出てきている。
これはかなりまずい。
「っ――……落ち着け、落ち着くんだ。意識があるなら、
スマートフォンから手を離し、大きく深呼吸をする。
何とか落ち着こうと、深く息をする。
なるべくなら、あの方法を取らず、落ち着くだけで済ませてしまいたい。
だが、やはり効果はなく。心臓はより早く、体の熱はより強くなり始めた。
世界はぼやけて、頭がぼーっとする。
切ない気持ちが下着を湿らせ始めている。
「……仕方ない……よな」
収まりそうにもない以上、どうにか処理をしないといけない。
キスが出来ない以上、一人で消すしかないんだ。
……彼女には教えていない方法で。
そう、自分を納得させている間も、下腹部の熱はより切なさを増していく。
もどかしくて、とても熱い。
頭が変になってしまいそうだ。
「……君のせいだぞ」
寝転んだままここにはいない、憎たらしい誰かに向けてつぶやいた。
楽な姿勢を取り、私は下半身へと腕を伸ばした。私の指は溢れる切なさをそっとなぞり始める。
一人ぼっちの部屋で必死に声を押し殺す。
胸に湧き上がる気持ちも。
やがて、摩擦は徐々に激しくなっていき……その間、熱い息を吐く私の頭に浮かぶ顔は――誰かによく似ている気がした。
シャワーを浴び、スッキリした頭で画面をタップする。
『祖母が作ってくれた料理が一人では食べきれないくらいの量があります。食べるのを手伝って頂けませんか?予定がおありでしたら無理に来なくても構いません』
結局、祖母を言い訳にして事務的なメッセージを送った。
「……少し……硬すぎるか?」
もう食事を取ったかもしれない、そんなモヤモヤした気持ちと僅かな後悔が、胸の中に生まれようとした時――
スマートフォンから短く音が鳴った。
『せっかくですから、お呼ばれしてあげます』
短いながらも偉そうな文字。
「…………」
使うことがなかった、お気に入りのスタンプで返事をする。
スマートフォンを置き、準備をする為にキッチンに向かう。
馬鹿にされてもいいように、言い訳を考えながら。
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