伝わらない
同性であろうと裸を見たり見られたりするのは抵抗がある。そんな人もいるでしょう。
異性に肌をさらすのとは違う、同性だからこその見られたくなさと言いますか。具体的には相手の体と自分の体をつい比べてしまったり。
そんな事をしてしまえば、自分の体の好きではない所が浮かび上がってしまう事もある訳で……
ゴシゴシと背中のスポンジが上下に動くたび、柔らかい感触が背中に当たる。
その度、私の心はどんどん冷えていきます。
ゴシゴシ、ゴシゴシ、むにっ
「……」
「ん?
ゴシゴシ、ゴシゴシ、ふにゅ
「…………」
「……あの……刹那ちゃん?」
ゴシゴシ、ゴシゴシ、むにゅぅ
……
「……胸引きちぎっていいですか?」
「刹那ちゃん!?」
湯船に体を沈めると、溢れたお湯が流れ出ていく。
「ふぅ……」
まだ明るいのにお風呂に入る。それは何となく不思議な気分にさせる。
「汗をかいてシャワーを浴びることはありますが。明るいうちからお風呂に入るなんて、何だか特別な感じがしますね」
「そ、そうだね!うん、何か特別かも……えへへ……」
そう口にするユメッチは、何故か私の方を見ようとしません。
ユメッチの視線は上下左右をキョロキョロ。真っ赤な顔でモジモジしている。
「ユメッチ、どうしました?お風呂、熱かったですか?」
「あ、ううん。全然平気だよ。むしろちょうどいいよ。……ただ……その……ちょっと恥ずかしいかなって……」
隠すように体育座りをする。
昔一緒に入っていた頃はそうでもなかったと思いますが……まあ、あの頃に比べたらお互い心も体も成長しているので、恥ずかしくても仕方がありません。
成長してるので!
「そうですか……なら、お互い背中合わせで座りましょう。そうすれば恥ずかしくありませんよね」
「え!?……そう、だね……」
自分から恥ずかしいって言っておきながら、ユメッチはとても残念そうな顔をした。
あと何故だか、私の体を見ている気がする。
「……もっと違う理由にすればよかったかも……」
冷たい水滴が肩に落ちてくる。
その冷たさに思わず肩まで深く浸かった。
「ユメッチは夏休みどこか行きますか?」
「う~ん、お盆にお墓参りするくらいかな~。刹那ちゃんは?」
「私も似たようなものですかね」
桜咲さんに呼ばれでもしない限りは、ですけど。
「そっか……なら、しばらくは二人きりで過ごせるね」
「二人きりですか?」
ユメッチの言葉に少しだけ違和感を覚えた。
「あ、違うよ!?二人でのんびりできるねって事だよ!変な意味とかないからね!」
ぱちゃぱちゃ水面が揺れる。
「いえ、別に二人きりなのはいいんですが……」
同性で変な意味って?
訪ねようとしたその言葉を口にしない方がいい。なんとなくそんな気がしました。
「確かにユメッチの言うとおり、あの人とお友達のフリをしなくていいのはいいですね」
「……うん……そうだね」
あ、でもそうなるとお金をもらえませんね。
「どうにか言いくるめてお金だけ貰えないでしょうか」
「刹那ちゃん、悪い顔してるよ」
扇風機の風が、火照った体を冷ましてくれる。
「少しのぼせちゃったね」
「そうですね。フラフラします」
風鈴の音を聞きながら、熱い体を冷ます。
空は少しだけ、オレンジ色に変わり始めていた。
「……アイス食べたいんですが」
「ダメだよ、もうすぐご飯なんだから。我慢、我慢」
セミの鳴き声は落ち着き、涼しげな風が吹き始めている。
少しの間会話をする事もなく、ただじっと空を眺めた。
青くどこまでも広がっていた空は、少しづつ夜の闇に追いやられていく。
夜空から逃げようと、オレンジ色の光を放ちながら。
「ねぇ、刹那ちゃん」
「何ですか?」
風鈴が揺れている。
「…………あの……あのね!」
「はい」
「…………もしも……私が……」
「刹那ちゃんの事――」
――私のスマホがピコンと鳴る。
「……先に見てあげて、私の話は後でもいいから」
「……分かりました」
確認するとメッセージの送り主は
『祖母が作ってくれた料理が一人では食べきれないくらいの量があります。食べるのを手伝って頂けませんか?予定がおありでしたら無理に来なくても構いません』
メチャメチャ他人行儀なメッセージには彼女の面倒な性格が現れていました。
いや、でも連絡をしてきたというう事は、少なくとも知人くらいには思われている?
「誰からだったの?」
「桜咲さんからなんですが……その……おばあちゃんが作った物が食べきれないくらい多いから手伝え、みたいな」
「そっか……なら無駄にしちゃうのは勿体無いし、行ってみない?」
「え?でも」
「まだ、何も作ってなかったし……それにあの桜咲さんのおウチに行けるなんて、ちょっとワクワクしない?」
「む、それは……確かに」
おばあさんのおうちとはいえ、お金持ち。きっと凄い家なのかもしれない。
そう考えると、少しだけ行ってみたくなる。
「……ユメッチが言うなら……分かりました」
すぐに向かうと返事を返した。
既読の文字がついた後、絶妙に可愛くない謎のスタンプが送られてくる。
生き物なのかも分からない。
多分、分かったって事なんでしょうけど。
「了承は貰ったので、行きましょうか」
「うん」
家の中の戸締りをし、最後に玄関の鍵を閉める。
「よし。……そういえば、ユメッチ」
「うん、何?刹那ちゃん」
「さっき、なんて言おうとしていたんですか?」
「……えっとね、それはね――私は刹那ちゃんがとっても大好きって言いたかったんだよ」
「む、そうですか。……その、嬉しいんですが……真っ直ぐに言われると恥ずかしいですね」
冷めてきた体が、また熱くなる。
むぅ、恥ずかしい。
「……私もユメッチの事大好きですよ!一生親友でいられる自信があります!」
「っ…………そっか……とっても嬉しい」
「……」
ユメッチは、ただ優しく笑った。
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