ちょっと変わった?


 終業式。

 


 蒸し暑い体育館での校長先生による、長いお話が終わり、始まる一学期最後のホームルーム。


 美吹先生が課題を配り、夏休みの過ごし方や注意事項。模範と規律ある学生らしい行動などについてを聞かされる。


「では、これで一学期最後のホームルームを終わります。皆さん、楽しい夏休みを過ごしてくださいね」


 四月の頃に比べ、多少先生としてしっかりしてきた私達の担任は、長いようで短かった一学期をそう締めくくるのでした。


 ついに始まる夏休み。


 騒がしくなる教室で。


「あっ、桜咲さん、姫花さん。帰る前に職員室に来てもらってもいいかな?」


「?」


「……いいですけど?」


 美吹先生は何故か、私と桜咲さんを職員室へと呼び出した。


「君、何かやったのか?」


「するわけないでしょう」


 仮とは言え、距離が多少縮まった私達。


 桜咲さんが入学してきた頃に比べたら、だいぶ友達っぽくなったのでは?


 桜咲さんが文句も言わずに並んで歩いているだけでも、随分と変わったものです。最初の頃は先生を騙せればいいと言っていたのに。


 素直ではありませんね。


「どうかしたのか?」


「いえ、何でもありません。気にしないでください」


「そうか。だが、あまり無理はするなよ?屋内とは言えこの暑さだ。もし君が倒れたら――私が困るからな」


 さらりと言った、可愛くない偉そうな言葉。


 最初の頃は、イライラして仕方がありませんでしたが……今はすっかり慣れてしまいました。


 それに……


「私が倒れたら、どう困るんですか?」


 前とは違い、随分とお優しくなった様子なので、容赦なくその優しさをおちょくる。


 ああ、楽しい。


「…………」


「ねぇねぇ、どう困るんですか?教えてくださいよ~~」


「…………」


「ほら、素直になっちゃいなよ。私の事がしんぱ――ひぎゅっ!?」


 突如、すねに走る鈍い痛み。


 ジーンとした痛みが頭の先まで駆け抜けました。


「~~ーーーっ!?」


 悲鳴すら上げれずにただじっと痛みが去るのを待つ。


「おっと、すまない。足が滑ってしまった」


 桜咲さんはプラプラと小さな足を上げ、わざとではないとアピール。


 でも、その顔は邪悪な笑みを浮かべていて、とても腹立たしい。


「私は先に行っているが、君もすぐに来るんだぞ?」


 桜咲さんはニヤニヤしながら先に階段を下りていく。


「……あの人、本当に性格悪いですね」


 必死にすねを撫でながら、そう思いました。


 少しは仲良くなって、本当は恥ずかしがり屋のツンデレさんでは?と思い始めていました。が、やっぱり勘違いかもしれません。


「ちょっと、マジで痛いんですけど。あの人、どんだけ恥ずかしかったんですか!?」


 青痣が出来てました。


 いたい。




 私が少し遅れて職員室に入ると。


「あっ、ごめんね。呼び出しておいて悪いんだけど、やっぱり帰ってもいいよ」


 教師らしくなったと思いましたが、気のせいだったみたいです。


 春の頃と何も変わらない情けない顔で、謝ってくる。


「え?呼び出しておいてですか?」


「本当にごめんね!ごめんなさい!」


 お詫びとして冷たい缶ジュースを渡された私達は、そのまま職員室を出るのでした。


 職員室とは違い、蒸し暑い廊下。


 セミの元気な声が窓の外から聞こえてくる。


「……なんだったんでしょう?」


「さあな……」


 すっかり慣れた二人の距離。慣れてしまったこの空気。


「……このあと何か予定……あります?」


「ないな。強いて言えば、庭の草むしりくらいだろ」

 

「そうですか……ならユメッチと一緒に三人でどこか行きませんか?」


 まぁ、断られるだろうな。そう思いながらも、友達・・として一応提案してみる。


「そうだな……」


 桜咲さんは貰ったばかりの缶ジュースをじっと見つめる。


「あっ、一応誘っただけなので、無理しなくても――」


「たまにはいいかもな」


「――え?」


 絶対に言わないだろうと思っていた言葉が聞こえ、間抜けな顔で聞き返してしまう。


「どうした、そんな奇妙な物を見るような顔をして?どうせ私が誘いに乗るとは思わなくて驚いているんだろ?」


「え、ええ、まあ……その通りですけど」


「はは……相変わらずおかしな奴だよ、君は」


 そう言って、笑う桜咲さん。


「どうせ、明日からしばらく会うこともないんだ。最後くらい、その顔をじっくりと見ておいてやろうと思ってな」


「あなた……――まぁ、それもそうですね」


 いつもみたいに本当に可愛くない、そう続けようと思いました。

 ですが……何となく、それは言わない方がいい気がした。


「夏は嫌いだが……青い空に浮かぶ入道雲は……悪くない」


 窓から見える、真夏の空はとても青くて。


「そうですね……私も嫌いじゃないですよ。夏の空は」


 それを見る桜咲さんの顔は、これから始まる長い休みを――


「そうか……珍しいな。君と同じ意見になるなんて」


 ――小さな子供みたいに、心の底から楽しみにしている。


 私にはそう見えました。


「始まりますね。夏休み」


「ああ……そうだな」


 この先に何があるかなんて分かりません。


 ですが――きっと楽しい夏休みになる。


 何故だか、そんな気がします。

 




 ◇


「……やっぱ、聞けないよ~聞けなかったよ~~」


 私、美吹美代子みぶきみよこは悩んでいた。


 新任一年目。


 初めて担任として請け負ったクラスに現れた困った転校生。


 私のお願いを聞いてくれたのか、姫花さんが仲良くなってくれてて安心したのに……


 一人暮らしの部屋で、缶ビール片手にベッドにもたれかかる。。


「まさか……あの二人が……」


 ビールを流し込み、頭に浮かぶのは、偶然見てしまったある光景。


 空き教室の掃除を頼んで、戻ってみると……――そこには、あられもない姿で絡む桜咲さんと姫花さんの姿が……


 声も止めることも出来ず、ただ隠れる事しか出来なかった私は、二人の風紀を乱すその姿に――










「めちゃめちゃ、濃い百合ップルだったなんて!」


 ――めっちゃ興奮してた。



 あの日から、一人。


 アルコールに身を任せ、叫ぶ日々を送っていた。


「あーー~~~やばいよ。共学だから、リアルで見かける事はないかもな。なんて思ってたのに……まさか三次元で見る日が来るなんて……」


 絶対に外では見せられない、危ない顔でビールとおつまみを流し込む。


「明日からは夏休みだし、きっとあの二人……あーーーーーー!やばい!やばいですわーーー!」


 決して外には出せない私の本能は、今日もフルスロットルで私をおかしくする。

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