揃わない
人を好きになるって、簡単でとても難しい。
朝の七時ちょっと前。
ご機嫌に鼻歌を口ずさみ、熱したフライパンに溶き卵を入れる。
ジューッ、と、音をたてながら卵が固まっていく。焦げないように気をつけながら、卵をくるくると巻いていき、そっと持ち上げる。
「よっと――」
昔は卵を上手く割れなかったり、綺麗な形に出来なかったりしたけど、成長とは素晴らしい。
「――うん、完成」
最後に味噌汁の味を確認して火を止めた。
階段を降りる音が聞こえ、急いでドアの前へと駆け寄る。
そして――大きなあくびをしながらドアを開ける大切な彼女に……
「おはよう、
――いつものように、そうふるまった。
コツッ……コツッ……コツッ
いつの間にか覚えてしまった、彼女の歩く音。
私よりも少しだけゆっくりで、心地の良い足音。
「ユメッチ、今日はお昼どうしますか?」
「う~~ん、食堂かな?デリシャスバーガーの気分」
「……いつも思うんですが、あのハンバーガー名前変えたほうがいいと思うんです。お化けカロリーバーガーとかに」
「そんなのダメだよ!そんな名前になったら頼みにくくなっちゃう!」
「いえ、あの量の食べ物をなんの躊躇いもなく頼んでいる段階で手遅れだと思いますよ。私は」
刹那ちゃんは呆れた顔で私を見てくる。
その顔は愛らしくて、とっても可愛い。
高校生にしては低めな身長も、ぺったんこな幼い体つきも、全てが愛おしい。
肩で切り揃えられた藍色の髪。
パッチリした瞳。
ぷっくり柔らかそうな唇。
それは私みたいに作った可愛さじゃない。偽りのない思わず抱きしめたくなっちゃう可愛さ。
純粋で嘘のない、とても大切な存在。
触れるのを躊躇ってしまう、真っ白なあなた。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ~。ただ、刹那ちゃん可愛いな~~って、思ってただけ」
「むむ、それはそれは……どうもありがとうございます」
刹那ちゃんはぷいっと顔を逸らす。
やわらかいほっぺたは真っ赤で、照れているのが簡単にわかってしまう。
可愛い。
彼女の些細な動きは、それだけで私の心を大きくゆらす。
「どうしたの?こっち向いて?ほらほら~~」
無理矢理、顔を私の方へ向けさせる。
でも、必死の抵抗をされた。
「ちょっ!?やめなさい!それ以上したら、絶交しますよ!」
「私はいいけど、そうなったら刹那ちゃんは困るんじゃないかな?」
ニヤニヤといやらしく笑う。彼女以外には絶対に抱かない気持ち。彼女以外には向けたくない私の気持ち。
「ぐぅっ……言い返せません。こんなふわふわちゃんに生命線を握られているのは……危険な気がしますね……」
「ふふふ……そうだよ~~?今頃、気づいたの?」
今日も楽しい日になる。
そう思うと、心がポカポカした。
春の風が、私達の近くを抜けていく。
可愛らしい桜の花びらを残して。
「……高校生に……なったんだ……私」
桜の花びらは青い空を舞い、ゆっくりひらひら地面に落ちていく。
私の独り言は誰にも聞こえず……遠い世界へと消えた。
「……
放課後。
財布を取りに学校に戻った刹那ちゃん。
そして、一人になった私は――名前の知らない男子生徒に告白されていた。
人気の少ない公園で、彼は私に思いをぶつける。
「入学式の日に……初めて見かけてさ……その……可愛いって思ったんだ」
私と彼の視線は交わらない。
「可愛い?う~ん……それって、私のどの辺かな?」
「その……おっとりした雰囲気とかが……守ってあげたくなるっていうか……」
「ふ~ん、そっか~~」
もう、私の心はここにない。
彼が好きだといった、私。それを聞くと胸の深くに閉じこもった。
彼は何も見えていない。
彼は何も知らない。
この心は誰に捧げるものか。
この体は誰に触れて欲しいのか。
何も知らない。
「その……でさ……もし、嫌ならはっきり言ってくれればいいからさ。だから……――俺と付き合って欲しい!」
嫌な言葉だ。
嫌ならはっきり言って欲しい。
言葉通りに「私は女の子が好き!あなたにはこれっぽちも興味がない!」なんて伝えたら彼はどんな顔をする?
きっと、気持ち悪い物を見るような、そんな顔をするに決まってる。
だって、彼が好きなのは本当を隠した嘘の私。
家族同然の女の子に欲情しているような気持ちの悪い女じゃない。
真っ直ぐに私を見れない、その恥ずかしそうな顔が私をイライラさせる。
好きをぶつける事が出来てきっと嬉しいだろうな。
好きをぶつけてしまって、きっと恥ずかしいんだろうな。
失うことよりも、好きな気持ちのほうが大きかったんだろうな。
そんな色々な考えが一つになり、私をイラつかせる。
でも、今の私は嘘だから。それを表に出すわけにはいかない。
大きく深呼吸をして……彼に返事をする。
「ごめんね――私……――あなたの気持ちには答えられない」
はっきりと伝えた。
「そっか……そっか……――ありがとう」
望んだ言葉を聞けなかったはずの彼の顔は……
――とてもすっきりした顔をしていた。
桜咲さんが刹那ちゃんに対して、心を開いているのは簡単にわかった。
でも、だからといって邪魔をしてやろうとは思わない。
私としても、可愛い友達が増えることは嬉しいからだ。
だから、二人が仲良くなることに何も感じないし、思わなかった。
――今日までは……
いつもみたいに刹那ちゃんと二人で歩く、朝の時間。
コツ、コツ、コツ、コツ
でも――聴き慣れた足音はどこにもない。
「どうかしましたか?」
刹那ちゃんは不思議な顔をする。
そっか……自分では気づいてないんだ。
「ううん、何でもないよ」
胸はザワザワして、チクチク痛む。
「そうだ――言い忘れてました……」
「こっち向いてください」刹那ちゃんはそう言って、私の顔を無理矢理自分に向けさせる。
「もう~~ちょっと、痛いよ。刹那ちゃん」
必死にざわざわから意識を離そうとする私に、刹那ちゃんは――
「今日もとっても可愛いですよ――夢子」
そう、天使のように微笑んだ。
「え?…………え!?」
一気に顔が熱くなり、心臓が爆発した気がした。
「おほほほーーー!!どうですかユメッチ!恥ずかしいでしょう?」
胸を押さえ、固まる私の前で、小さい子みたいに刹那ちゃんははしゃいでいる。
「ぬふふふ……やり返してやろうと思っていたんですよ」
心臓はうるさくて、とっても痛い。
「びっくりした……刹那ちゃん、ひどいよ~~」
「ひどくありませんけど?……さ、早く行きましょう。早く行かないと、あのぼっちお嬢様がうるさいですからね」
刹那ちゃんの小さな手を握る。
「……うん……そうだね」
ニコニコしながら、刹那ちゃんは歩き出す。
私の少し前を歩く刹那ちゃんの足音は――桜咲さんと同じ少し早い足音をしていた。
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