実質デートでは? 後


 快晴!


 強い日差し!


 都市部の人ごみ!


 びびるセミ爆弾!


 もう帰りたい!

 


「……暑い……」


 強い日差しは容赦なく肌を焼き、肌を守るための日焼け止めは汗で流れていく。騒がしい人の声と熱気は、暑さでやられる頭に追い打ちをかけてくる。


 くらくらする頭を、自販機で買った麦茶のペットボトルでクールダウン。


 顔を冷やしながら、目の前を通り過ぎる人を眺める。


 夏休み前とはいえ、真夏の休日。


 行き交うのは学生らしき人がほとんど。


「……この暑さでよく外に出ようと思えますね」


 あまり汗をかきたくない私には良くわからない。


 夏の魔力とやらでしょうか?


 なんにしても、冷房のきいた部屋でインドアを極める方が好きなんですがね。私は。


 そのまま、パタパタと服をあおぎながら待っていると。


「驚いたな。まだ、集合時間十分前だぞ?」


 聴き慣れた声がしたので、そちらへと顔を向けると――


「やあ、この暑い中ご苦労だな」


 ――そこには、可愛らしいワンピースを着た――桜咲さんが立っていた。


 スカイブルーのワンピースは、彼女の金髪と合わさり、とても幻想的な……童話の登場人物のような雰囲気をまとっている。


 服に合わせた、水色のサンダルは涼しげで健康的。


 少し大きめの帽子は、彼女の幼さをより強く感じさせる。


 その姿はとても――


「ん?何だ?人の事をジロジロ見て、変態か、君?」


「なっ!誰が変態ですか!」


 ――可愛かった。



 

「で、わざわざ休日に集まって、一体何をするんですか?あっ、なんでもするとは言いましたけど、えっちな事は聞きませんよ」


「するわけないだろ!……とにかく、今日一日、君は黙って私についてくればいい。それが命令だ、いいな?」


「……分かりました。でも、お金はちゃんとくださいね」


「ああ、分かっている――おい、何だ、この手は?」


 私に握られた右手を指さした。


「何って、迷子になったら困るじゃないですか。だから、こうして繋ぐんですよ」


 ただでさえ暑いのに、はぐれたりなんかしたら面倒ですからね。この気温で人探しとか絶対にしたくない。


「まぁ、嫌だったら離しますけど……どうします?」


「……そうだな。君が迷子にでもなったら、私が探す羽目になる。だからこのまま繋いでやろう」


 とても偉そうに。


「なっ、何ですかその言い方は!それではまるで、私が子供みたいじゃないですか!」


「みたいじゃない、子供だと馬鹿にしているんだ」


「なお悪いですよ!」


 相変わず仲の悪い私達は――手を繋いだまま、人ごみの中を進んだ。



 何処へ行くのか、決めていなかったのか。適当にぶらつく。


「そんなにウキウキした顔で歩いて平気なんですか?耳生えちゃいますよ」


「ウキウキなんてしてない。それに耳の事なら問題はない」


 帽子を触りながら「こうして、大きめの物を被っているからな」珍しく笑顔で言った。


「そうですか……猫耳対策は出来ていると……なら――」


「おい、なんだいきなり!?引っ張るな、痛いだろ!」


 桜咲さんの手を引っ張り、駆け出す。


 仮とは言え、お友達。


 せっかく外に出てきたのだから、どうせなら楽しむべきだ。


「ユメッチとよく行く場所があるんです。今日はそこを教えてあげます。だから――今日はいっぱい楽しみましょう」


 いくら浪費しようが、十万円が待っていますし。


「……ああ……そうだな」


 桜咲さんは顔を逸らし……


「まぁ……これも……悪くないか……」


 そう小さくつぶやいた。


 


「はい、桜咲さん。あ~~ん」


「待て、色々と言いたい事がある」


「む、何ですか」


「百歩譲って、食べさせて来るのは許容しよう。だが――何で小龍包なんだ?この暑い中で食べる物じゃないだろ。というか、どこで買ってきた?どこで売っていた」


「何でって……そんなの嫌がらせに決まっているでは――アッッヅ!?」


「なら、自分で食べろ」



「……おい、もう諦めたらどうだ?」


「いえ、あと少し……あと少しで取れるはずです。ふふふふ……」


「……なんとなくだが……君に浪費グセがあるのは理解した」


「あーーー~~~!?……ちょっと、店員に文句言ってきます。絶対アームが弱い」


「やめろ」



「――近くないか?」


「そうですか?ユメッチはもっとベッタリくっついてきますけど。ほら、もっと寄ってください」


「あっ、撮るみたいですよ。ほら、笑ってください」


「いきなり、笑えって言われてもだな……」


「……それ……もしかして笑ってるつもりですか?」


「仕方がないだろ、あまり慣れてないんだ」


「……なんか、すみません」


「やめろ!謝るな!哀れむな!」


 


「どうですか?大人っぽいでしょう?」


「服に着られてる感が凄いな」


「な、なら、これはどうですか?男子の視線は独り占めですよ」


「胸元を強調するのはやめたほうがいいと思うぞ?虚しいだけだ」


「……これならどうですか!」


「ああ、ランドセルが良く似合いそうだ」


「馬鹿にしてます?」


「ああ、馬鹿にしているが?」




「いや~~疲れましたね」


「……なあ」


「ん?何ですか?」


「……いや……何でもない」


「?」




 時刻は夕暮れ。


 太陽が海に沈み始める、海岸は私達以外誰もいない。


 ただ、波が押し寄せては引いていく。


 その音は、寂しさを感じさせる。


「……まさか、あんなに歩き回った後に、海を見たいと言い出すとは……」


 波打ち際を、サンダルを脱いで素足で歩く桜咲さん。


 空のように青く綺麗なワンピースは、潮風ではためいている。


 金色の髪は夕日に照らされ輝いていた。


「……本当、冗談みたいな容姿をしていますね」


 ただ、歩いているだけなのに、まるで映画のワンシーンのよう。


 ……色々な事が浮かぶ。


 もしあの体質で無ければ……彼女は人嫌いにならなかったのでしょうか?


 もしあの体質でなければ……彼女はもっと友達に囲まれていたのではないのでしょうか?


 もしあの体質でなければ……――私は彼女と友達になっていたでしょうか?


 

 今、繋がっている彼女との線は、期限が来れば解いてしまう緩い繋がり。


 ユメッチや他の友人との繋がりとは違う。


 友達ごっこが終わったら……桜咲さんは……


「……どうでもいいですよね……あの人がどうなろうと……私には関係ありませんし……」


 頭に浮かぶいろいろな事をかき消し、自分に言い聞かせる。


「あっ、そういえば……あの人……今日は猫耳生えませんでしたね」


 てっきり、キスしまくりの大変な一日となると思いましたが。


 あまり嬉しくはなかったのでしょうか?


 ……私がお金を貰うために集まったのですから、仕方がないかもしれませんが。


「おい」


「はい!?」


 いきなり話しかけられびっくりする。


「驚きすぎだ……そろそろ帰るぞ。あと……ほら……」


 ゴソゴソと鞄から取り出したのは十万円。


 今日、私が桜咲さんと出かけることになった理由。


「本当はもっと辱めてやろうと考えていたが……その……意外と悪くなかった」


 桜咲さんは恥ずかしそうにモジモジする。


 普段からこういう可愛いらしい所を見せてくれればいいのに。


「やっぱりいりません、そのお金」


「……いいのか?」


 驚いた表情で聞いてくる。


「ええ、そもそも既に五千円を貰うという取引をしているんです。これ以上は……なんか良くない気がしまして」


 本当は思ったより楽しかったからどうでもよくなっただけ。


 でも、それを彼女に伝えるつもりはない。


「そうか……後で気が変わっても渡さないからな」


 お金をしまい、今度こそ帰ろうとする桜咲さん。


 何も言っていないのに、手を繋いでくれる。


「どうした?帰らないのか?」


 私の手を握ったまま、不思議そうにしている。


「いえ……そういえば言ってなかったと思いまして」


「何をだ?まぁ、どうせ下らない事だろ?」


 桜咲さんは呆れた顔をする。


 その可愛くない生意気な顔は、とっくに見慣れてしまった。


 だからこそ……少しだけ……本当の言葉で彼女を困らせたくなった。


「そんなしょうもない事なら、歩きながらでも――」


「――そのワンピース……」


 彼女の言葉を遮る、嘘偽りのない言葉。


 もっと早く伝えようと思っていた言葉。


 それが、今、目の前の女の子に伝わっていく。


「可愛くてとても似合っていますよ――桜咲さん」


 心からの言葉は目の前の可愛くない生意気な女の子を――夕日のように真っ赤に染め上げた。



 姿を現した猫耳を消すために。私は彼女にキスをする。


 唇を重ねる私達を、夕日だけが見ている。


 いつもより、少しだけ長いキス。


 私の心に、知らない気持ちが波打つように押し寄せた。


「ん……ふぅ……さて、帰りましょうか」


「なっ、な、な、なぁーーー~~~!?」


「おやおや、お顔が真っ赤ですよ~~~?」


「っーー~~!うるさい!!ふざけるな!」



 真っ赤な顔で追いかけてくる桜咲さんから逃げ回る。


 私と桜咲さんの足跡は、波に飲まれ消えていく。


「あの、ちょっと!?物を投げないでください!危ない!」


「君が悪いんだろうが!」



 流れ着いたその気持ちの名前を――……私はもう知っている。

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