百合加速


 帰宅すると、祖母が花に水やりをしていた。


「おや、玲奈れいな。どうしたんだい、嬉しそうな顔で。いい事でもあったかい?」


 シワの刻まれた顔は穏やかに笑っている。


「何でもないよ。ちょっと部屋でやりたい事があるから、何か手伝って欲しかったらまた呼んで」


「ああ、分かったよ。でも、大丈夫。今日は佐藤さんが来てくれてるからね。玲奈は好きなことをしてな」


「……分かった」


 祖母と別れ。

 

 そのまま、少し長い廊下を進み――無駄に広い自室にたどり着く。


 学校関連の用具を除くと、私物と呼べるものはパソコンくらいしかない。空っぽの部屋。


 鞄を置くと、パソコンを起動して通販サイトを開く。


「……小柄……夏……可愛い……」


 単語を打ち込み、目当ての商品を探す。


「……」


 ずらりと並ぶ、様々なデザインの商品。


 友人を作らず、人の目を気にせず生きてきたせいで、いまいち、どう選べばいいかが分からない。


 そこで、適当な雑誌をデジタルで購入。


 自分と背格好が似ているモデルが着ている物と、同じ物をそのままカートに入れる。


「よし……後は届いてからだな」


 注文が完了すると、何となく姿見の前に立ってみる。


 身なりを整える以外に使用したことは無い。


 鏡に写るのは、いつもと同じ可愛げのない真っ白な顔と貧相な体。


 だが……心なしか、頬が赤くなっている。


 触れてみると……頬は熱を持っていた。


 それは……祖母の家に来てから――彼女と出会ってから頻繁に現れる奇妙な症状。


「これは……何なんだろうな……」


 胸のざわめきは収まらず、日々強くなっていく。


 壁に掛けられたカレンダーにはバツじるし。


 取引を始めた日から付け始めた、取引が終わる日までの残り日数。


 自らで決めた二ヶ月の期限。


 初めてバツを書いた日はまだあるのか、と嫌になってしまいそうな長さを感じた。


 だが、今は――


「もう……これだけしかないのか……」


 何故だか、時間が止まって欲しい。そんな事を考えてしまう。


 ……どうかしている。


 自分の心と体なのに、どこか自分らしくないと感じてしまう。


 セミの鳴き声が私の頭の中で反響し、抜けていく。


 暑さは体を蝕み、汗が流れ出る。


 汗ばんだ手で、そっとカレンダーに触れた。


 少しづつ強くなる胸のざわめきは騒がしくて……


 ――私をよりおかしくする……

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