日常回
ユメッチと二人で登校するいつもの朝。
七月に入り、暑さは本気を出してきた。
ただ歩いているだけなのに、汗がじんわりと……
「……暑い……」
「うん……私も……汗、止まらないかも……」
ちらりと見る。
「ユメッチが暑いのは……その胸のせいですか?」
「え!?」
風通しの良さそうな私とは違い、ユメッチの胸は風が抜ける隙間がどこにもない。まぁ、隙間自体はあるんでしょうね……谷間とかに……
「……一時間でいいので、その胸私に貸してくれませんか?ちゃんと洗って返しますので」
「刹那ちゃん、大丈夫?」
ふわふわしたユメッチに頭の心配をされながら歩いていると、見覚えのある人物が改札から出てきた。
先日、とんでもない事をしてきやがりました
「おや、あなたも……」
先ほどの話のせいか、自然とそのつつましい胸に視線を向けてしまい……
「……風通しが……とても、良さそうですね」
心の底からの哀れみを送った。
大丈夫、私達にはまだ未来がありますよ。
「――おい、絶対に失礼な事を考えているだろう」
「いえいえ、全然、これぽっちも無い無い」
胸が。
「……本当だろうな?」
「ウン、ウソツカナイ」
胸がぺったんこなのは本当ですし。
「絶対に馬鹿にしている気がするが……まぁいい」
私達のやり取りを見ていたユメッチ。
困惑した顔で、私に質問する。
「えっと……刹那ちゃん……その……桜咲さんと……仲良し、なの?」
困った顔のユメッチの目は、私と桜咲さんの顔を交互に見ていた。
……そういえば、ユメッチには何も教えていませんでした。
チラチラと見てくるユメッチに対して人嫌いをマックスで発動している桜咲さんの横腹を肘でつつく。
「……何だ?」
「ユメッチ――彼女には教えてもいいですよね?」
ヒソヒソと声を潜め、確認をとる。
私達の様子を訝しげに見るユメッチ。
「……彼女が他の誰かに話したりしない、それが断言できるなら――」
桜咲さんの言葉が最後まで私の耳に届くことはなく。
「ユメッチ!実はこの人と私はお金で繋がった関係でして……」
「おい、まだ話してる途中だ!あと、誤解を生む言い方をするんじゃない!ちゃんと説明しろ!」
速攻で、ユメッチへと私達の関係を説明した。
「つまり、刹那ちゃんと桜咲さんは――お金で繋がった良くない関係って事?」
「そのとおりです。私はこの人に無理矢理お金で言うことを――すねっ!?」
全方位で間違えているユメッチに更に嘘を吹きこもうとしていたら、私のすねに向けて容赦のないスネ蹴りが刺さる。
「ちゃんと説明しろと言ったはずだ。馬鹿だろ、君」
桜咲さんはため息をつき、額に手を当てる。
「った~~ちょっとした悪戯ではないですか。こんな事でスネを蹴らないでくださいよ!痣になっちゃうじゃないですか」
「うるさい!黙れ!さっさと正しい説明をしろ!」
「痛いですって!?」
小さな子がするような容赦ない連続蹴りに恐怖を覚え、私はユメッチにしっかりと説明する。
「そっか……仮の……嘘の、お友達ってことだよね?」
ユメッチはうんうん、と頷いた。
「はい、その通りです」
猫耳の事はユメッチには説明していない。
アレを説明すると、桜咲さんと私の百合百合しい痴態も説明しなければいけなくなる。
キスをする事に何も思わなくても、人にそれを教えるのは別なんです。
「そういう訳だ。悪いが、私と彼女に合わせてくれ。それと――よろしく、
桜咲さんのその言葉に思わず驚いてしまう。
相変わらず態度は偉そうですが、言葉には強い毒気が含まれていない。
私の時とはえらい違いです。
「あなた……成長したんですね……」
ちょっとだけ、涙が出る。
「ああ、そうだな。君のつつましい胸と違って、私はまだまだ成長期なものでね」
前言撤回。
この人、成長してません。
「えっ……あっ、はい。よろしくお願いします。桜咲さん」
偉そうな桜咲さんに、ぺこりとユメッチは可愛くお辞儀をするのでした。
少しだけほんわかした空気の中、ふとした疑問が浮かぶ。
「私と取引をしたときは、お耳が生えてきたのですが……」
ユメッチに対しても同じような事をいったのに耳は生えていない。
心なしか、嬉しそうな顔をしているのに……
もしかして、本当に成長して猫耳を抑えれるようになったのでしょうか?
嫌がらせが失敗に終わったせいか、むくむくと湧いてくる悪戯心。
「さて、こんなところで止まっていないで、さっさと学校へと向かおう。遅刻になったら話にならないからな」
桜咲さんはそう言って、一人で進みだした。
「あっ、はい。……刹那ちゃん、私達も行こっか」
困ったように笑いながら、私の方を見るユメッチ。
そんなユメッチに私は頼みごとをした。
「――うん、分かったよ。そこのコンビニで買ってくればいいんだね?」
「はい、お願いします」
ユメッチにコンビニで買ってきて欲しいものがあると伝えた。
とてもいい子なユメッチは小走りで少し先にあるコンビニへと向かっていった。
後には、一人で前を歩く桜咲さんと私だけ。
「おい、笹森さんがコンビニに走っていったが、お手洗いか?君、何か――」
「聞いていないか」振り向きながらそう続けようとした、桜咲さんの両手を掴み……
「――二人きりですね、
自分の中で最高の美少女顔で彼女の名前を呼んでやりました。
「なっーーー~~~!?」
多少の揺らぎではもはや耳が生えることは無い。
ならば、人への耐性が無い、この珍獣をおちょくるなど造作もありません。
さぁ、羞恥に震え顔を真っ赤にさせなさい!
そして、私のストレスを発散させ……おや?
桜咲さんの顔は、確かに想像通り真っ赤になった。
ただ……猫耳がバッチリ生えていることを除いて……
「あれ~?」
もしかして、本当は抑えられていない?
少しして、コンビニからユメッチが出てきました。
「刹那ちゃんーー!買ってきたよ――……どうしたの?二人共?」
「「別に」」
猫耳を消すために、慌てて物陰でキスをしたせいで息を切らしている私達を、ユメッチは不思議そうに見ていて。
そして……私のすねはすっかり赤くなっていた。
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