まだ分からない
私の胸でざわめく、この気持ちに――名前はまだない。
いつの頃からか、私は他人が嫌いになった。
それはこの体にとり憑く神とやらのせいか、それとも他の些細な理由か……詳しくは覚えていない。
ただ――友達なんていらない。
幼い自分が言ったその言葉だけは消えることなく、私の頭に残り続けていた。
きっと、私はあの頃の未熟な状態から何も変わっていない。
傷つけられる前に、距離を取り。
傷つけられる前に、相手を傷つけて。
相手のことを知りもしないのに、勝手に決め付ける。
深く知る前に、相手の横を通り過ぎていく。
知る必要がないから。
知りたくもないから。
本当は、今日の天気について話したり、昨日見たテレビ番組の事で盛り上がってみたり。そんな他愛のない日常に憧れている癖に、興味がないフリをする。
一人ぼっちになんてなりたくはないのに、一人でいるほうが正しいと自分に言い聞かせる。
気持ちの悪い、自分の体を受け入れるために……
この学校に来た時、私の目に映る世界は灰色だった。
私を見る、クラスの人間達。
彼ら、彼女らの瞳は、見飽きた輝きを放っていた。
どんなに輝こうが、どんなに純粋だろうが、灰色の世界では皆同じ。違いなんてない。
そう思っていた……
「さて、仮のお友達ごっこですが、改めて――
不敵に笑うその可愛らしい顔は――何故だか灰色ではなかった。
純粋でもなければ、期待に満ちているわけでもない。
どちらかといえば、不遜で生意気な目をしている。
なのに……私の目に映る彼女の姿は、しっかりと色を持っていた。
それは初めて彼女を見た時から変わらない確かな色。
「……」
熱を持った体は、より熱くなる。
気持ち悪かったはずのキスの感触が、急にくすぐったくなる。
――名前の知らない気持ちが私の心臓を破裂させようと、激しく暴れている。
思考が固まり、動けない。
すると、暖かい温もりが私の手を包んだ。
私と変わらない小さな手は、柔らかくて暖かい。
思わず振りほどこうとした。
だが、何故か私の腕は動こうとしないで……ただ優しく、彼女の手を握り返してしまった。
求めた物を掴んだかのように、しっかりと。
より赤くなった顔に、ふわふわとした意識と体。
なるべくいつものように振舞わなければ。
そう思った。
「――君の手、汗ばんでいないか?しっとりしていて気持ちが悪い。離してくれ」
「はぁ?なんですかいきなり!手汗くらい我慢してくださいよ!せっかくシリアスな雰囲気なんですから。ここを逃したら、私とシリアスをする機会はもうないですよ、絶対」
「い・や・だ!いいからさっさと離せ!」
「嫌ですーー!絶対離しません!……せっかくですので、両手で私の素晴らしい手汗を塗りこんであげますね。ほれほれ」
「おい、やめろ!本気で気持ちが悪い!こら、離せ!いやらしく触るな!」
「ぬふふふっ……ほれほれ~~……――痛っ!?ちょっと、すねを蹴らないでください。痛い!ちょっと、やめ――痛いんですけど!?」
影を追うように、夕暮れの道を歩く。
バラバラの足音は、私の方が少しだけ早い。
頬の熱は収まり、心臓の音も落ち着いていた。
「今日の事は……まあ……忘れてあげます」
隣からそんな声が聞こえる。
「……ちょっとしたスキンシップ、というには過激すぎまでしたが……綺麗さっぱり忘れてあげますよ」
「――ですので……あなたも気にしてないで、さっさと忘れた方がいいですよ」
私達の視線は交わらない。
「……ああ、わかっている。こんな気持ちの悪い出来事なんて、さっさと忘れてやるさ」
「……そこまではっきり言われると、それはそれで複雑な気持ちになりますね。……忘れるなら、それでいいんですが」
そのあと、特に会話のないまま……帰宅ラッシュ前の静かな駅に到着する。
駅前にはほとんど人影がなく、私と彼女の二人だけだった。
「どうかしました?早く帰らないと、すぐに満員ぎゅうぎゅうのラッシュがやってきますよ?」
「ああ、そうだな……」
彼女にそう言われて、私は――
離れた手は、何故だか。とても軽く感じた。
「……手汗でベトベトして最悪なんだが?」
「なら、さっさと離せば良かったでしょうが!あなたが離さないから、こっちも離せなかったんですからね!」
「気遣い美少女の私に感謝なさい」と、鼻息荒く彼女は言った。
「はぁ……そうだな。感謝しているよ、気遣い微少女」
「待ちなさい!何か違和感を感じます!音では分からない、侮辱を感じるのですが!?」
「気のせいだ。じゃあな……」
足を止め、ほんの少しだけ躊躇い――
「――刹那」
「え?」
一度だけ、彼女の名前を呼ぶと……
「ちょっと、今、名前呼びましたよね!?ねぇ!ちょっと!」
間抜けな顔の仮のお友達を残したまま、私は改札を通り抜ける。
少しだけ見えた私の影には、猫耳が生えているような、そんな気がした。
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