はぷにんぐ


 掃除が終わり、美吹みぶき先生が戻ってくるまで待つ。


 夏が近いおかげか、外はまだ明るかった。


 スマホはカバンにしまってあるので、する事がない。


 そして、何もせずに過ごす二人きりの空間は少し気まずい。


 と言うわけで、私は当たり障りのない、普通の質問をする。


「……あなたって、趣味とかあるんですか?」


「何だ、突然」


 桜咲さくらさきさんは怪訝そうな顔。


 お嬢様らしいので、やっぱりヴァイオリンとかピアノでしょうか?


 いや、それは趣味というよりも、習い事や特技ですね。


 この性格で、その二つが趣味とか言われたらそれはそれで腹立たしいですが。


「――趣味なんてない、と言いたいが……強いてあげるなら読書だな。人と関わることもなく、自分の世界に閉じこもれるからな」


 面倒な性格をしているので、どうせ読書とかだろうなぁ~と思っていたので、別に驚きはありません。


 なので、適当に相づちをうつ。


「へぇ~そうなんですか」


 何となく、おしゃれなカフェで、読書する彼女の姿を思い浮かてみる。


 うん、絵になりすぎてて吐きそう……


 ……うぐぐ、ですが、せっかくの話題を無駄にする訳にはいきません。


「ちなみに好きな本とかあります?もしくはおすすめの本とか……あっ、私は全然読まないので、特にないですよ」


 「だろうな」と呆れているような、馬鹿にしているような事を言われる。


 えっ?ムカつく。


「……そうだな……」


 中身のない、ふわふわとした質問に、桜咲さんは少し考え。


「――『オズの魔法使い』だろうか。好きというより、頭に残っているという意味だが」


 有名な物語の名前を上げた。


「オズの魔法使い、ですか……小学生の頃に読んだ覚えはありますが……」


 あまり本を読むのが好きでは無かったので、適当に読んでいた。


 確か、女の子が家に帰るために、オズという魔法使いを尋ねる。そんなお話だった気がします。


「……別にこの物語が好きなわけじゃない。ただ、偉大な魔法使い『オズ』の事が、頭から離れなくてな」


 珍しく、桜咲さんは懐かしそうに話す。


「聞いたことも見たこともない土地で、生きるため、自分を守るため。必死に嘘をついているのが滑稽で、子供ながらに思ったよ。哀れで可哀想な人間だとな」


 彼女の話を静かに聞く。


「知らない場所で、生きようと、自分を守るためについた嘘が、肥大化し――気が付けば、恐ろしくも偉大な魔法使い。そんな風に呼ばれる事になり。そして、自分を頼ってやってきたドロシー達にも嘘をつき、魔女を倒させようとする。自分には彼女達の願いを叶える力もない癖にな」


「でも、最終的には叶えませんでした?たしか」


 うる覚えの記憶で何となく、答えてみる。


「ああ、叶えようとはしていたな。だが、叶えられた彼らの願いは、元から彼ら・・が持っていた、もしくは既に手に入れていたものだろ?オズが与えたわけじゃない。それに、オズは結局、ドロシーの願いだけは叶えられないまま、一人空の彼方へ消えたんだ。素晴らしい民に囲まれながら、嘘つきの男は最後まで一人っきりでな」


 窓の外を見る、桜咲さん。


 でも、その視線はどこも見ていない。何となくそんな気がしました。


「……結局、オズは最後まで一人ぼっちのまま、帰ることが出来るかもわからない旅に出た。それが私の持つ、この物語の印象だ」


 寂しげに桜咲さんは笑うが、私は本当にうる覚えなので、桜咲さんの話にいまいちピンと来なかった。


 何となくシリアスな事を言っている気はしますが。


「……今度、読んでみますね。オズの魔法使い」


 なので、今度しっかり読んでみよう。


「ああ、そうしてくれ」


 私の言葉を適当に流すと、桜咲さんは教室から出ていこうとする。


「あっ、ちょっと!なに帰ろうとしてるんですか!まだ、先生来てませんよ」


 ちゃんと掃除をしたのか、美吹先生にその確認をしてもらうまでは帰れない。


 しかし、肝心の美吹先生は卓球部の顧問もやっているので、部活が終わるまでは戻ってこない。


 だから、適当に話をして時間を潰そうとしていたのに……この人は帰ろうとしている。


 ずるい!めっちゃずるいですよ。


「ちゃんと、先生が来るまで待っていないとダメじゃないですか!」


 ビシッと指差す。


「うるさい。私は暇じゃないんだ。それに、掃除の報告だけなら二人もいらないだろ。君一人で十分だ」


「私も暇じゃありませんよ!今日は買ったばかりのゲームで、怠惰な時間を過ごすつもりなんですから!残るならあなたが残ってくださいよ!」


 バカを見るような視線を感じる。


「十分暇じゃないか……怠惰な時間を過ごすつもりなら、ここで美吹教諭を待つのも同じだ。君が残れ。私は帰る」


 そう言って、さっさと帰ろうとする彼女の手を慌てて掴む。


 絶対に逃がさない。


 帰るなら、私が先に帰りたいんですから。


「おい、痛いだろ。手を離せ!」


「なら、残ってくださいよ!」


 引きとめようと必死に掴む私を、桜咲さんは引き離そうとするので、私は力いっぱい腕を引っ張ろうとして――


「「!?」」


 ――二人仲良く、床に倒れ込んでしまう。


「……痛い……これ……後頭部、ぶつけましたよ。絶対」


 背中から倒れたので、頭の後ろがじんじん痛む。


「む?何やら、胸に圧迫感が……」


 少しの息苦しさを感じ、視線を動かすと……私の成長途中の胸を、がっしり鷲掴みにする。細い二本の手が……


「…………」


「…………」


 そして、視線を正面に戻すと……


「なっ……なななな……なっ――」


 そこには――真っ赤な顔で、震える桜咲さんの可愛らしいお顔とバッチリ目が合う


 頭の上では猫耳もこんにちはしています。


「ナァァァァーーー~~~~~!?」


 少し遅れて、普通であれば、私があげるべき悲鳴を桜咲さんが上げた。


 とても可愛らしい悲鳴を。


「いや、あなたが悲鳴をあげてどうするんですか!私のセリフですよ、それ!あと、早くどいてください!」


 悲鳴を上げる割には、何故か動こうとしない桜咲さん。


 それどころか何か、揉まれている気がする。


 もみもみ、もみもみ


 もしかして、胸がある事に驚いてる、とかではありませんよね?


 ……

 


 ……ともかく、猫耳が出てしまっている以上、さっさとキスをしないといけません。嫌ですが、約束ですからね。


 まじで嫌ですが。


「はぁ……先生が来る前に、ぱぱっとキスをして――おや?」


 太ももの辺りが、妙にくすぐったい。


 何かふわふわしたもので、触られているような感覚がする。


 桜咲さんが馬乗りになったままなので、首を少しだけ動かして足の方を見てみると……


「……尻尾?」


 桜咲さんのスカートから、ゆらゆらご機嫌に揺れる尻尾が顔を覗かせていた。


「はて……尻尾……尻尾……――あっ!?」


 桜咲さんに渡されたメモ。


 そこには三つの注意が書かれていて――特にしっぽに関して、かなり強めに書かれていた事を思い出しました、が――


「桜咲さ――」


「にゃ~むぅ~」



 慌てて、彼女に声をかける頃にはもう――蕩けた顔の桜咲さんにキスをされていた。


 前にいきなりされた、唇が触れるだけの軽いものではない、ねっとりと深い。貪るようなキスを……

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