猫耳と尻尾と友達ごっこ

友達生活


 友達生活が始まって二日。


 午前の授業が終わり、待ち焦がれたお昼休み。


 賑やかな食堂。


「はぁ…………」


 箸を握ったまま、ため息がこぼれる。


 大好きな鰤の照り焼きを前にしても、食欲が沸かない。


 お腹はペコペコのはずなのに。


「刹那ちゃん、大丈夫?」


 相変わらずハイカロリーな昼食を取るユメッチ。


 胸焼けしそうな、食べ物達は一体どこに吸収されているのでしょう。


 ……胸か。


「さっきから全然食べてないけど……具合悪い?」


 可愛い幼馴染は、心配そうな表情で私の顔を見ていた。


「いえ、特に体調に問題はないのですが……その……」


 歯切れ悪く、言い淀む私の口。


 食欲が沸かない原因ははっきりしている。ただ、それを口にしてしまってもいいものか。


 喉まで上がってきた言葉は、外に出るべきかどうか迷っている。


 普段の私であれば、躊躇うこともなく口に出していましたが……開始早々に文句を言ってしまうのは流石に……


 ユメッチを心配させまいと笑うも、ぎこちない笑顔で固まってしまう。


 そんな様子の私に。


「もしかして……桜咲さんと喧嘩した事?」


 ユメッチは私の斜め後ろに座る、一人の女子生徒の方を見ました。


 綺麗な金髪の女生徒は、静かに黙々と食事をしている。


 四人がけの席に一人で。


 遠巻きに彼女の事を見る人はいますが、話しかけようとする人はいません。


 それは遠慮からくる物なのか――それとも……


「――私、ちょっと文句言ってきてあげる!」


「へっ?」


 私が彼女の事をぼーっと見ていると、口にケチャップをつけたままのユメッチが席を立ち。


「さっきの授業で、刹那ちゃんにあんなに酷いことしてたんだもん。いくら人付き合いが苦手でも、それは駄目だよって、言ってこなきゃ!」


 何やらトラブルの予感を感じさせる事を口走る。


 そして、そのトラブルは間違いなく私にも被害を及ぼす。


 鼻息の荒くなったユメッチにしがみつき必死に止める。

 

「ちょっと、ユメッチ!大丈夫ですから!平気ですから!やめてください!」


 それでもユメッチは無理矢理進もうとする。


「止めないで、刹那ちゃん!いくら見た目が可愛くても、性格が可愛くないならそんなの可愛いなんて言えないよ!誰かがはっきり注意してあげないと」


 ゆるふわちゃんとして、そこそこ男子に人気のあるユメッチとそれに抱きつく私。その姿は非常に目立ってしまい……


 食堂で騒ぐ私達に気がついた金髪の少女――桜咲さくらさきさんは、ユメッチを必死に止めようとしている私を見て。


「……ふっ……」


 わざわざ口に手を当て、小馬鹿にするように笑うのでした。


 まるでさっきの仕返しとでも言いたげに、ニヤニヤと笑う。


 その視線は私の顔ではなく、胸を見ていて……


 ……


「刹那ちゃん?」


 急に手を離した私を、ユメッチが不思議そうに見つめる。


「刹那……ちゃん?」


 一歩、二歩――三歩。


 私はゆっくりと、ゆらゆら前に進む。


 一歩一歩、確実に。


 たくさんの視線が刺さるのを感じ、頭の理性が必死に止まるように指示をしてくるも、私は彼女のすぐ前まで近づくと。


「っの野良猫めぇぇーーー~~~!!」


「刹那ちゃん!?」


 失せた食欲の事なんかすっかり忘れ、目の前のお友達に掴みかかるのでした。



 

 少し遡って、午前中。


 それぞれ二人組に別れ、互いの顔を描く美術の時間。


 くじ引きでユメッチではなく、桜咲さんとペアになりました。

 

 ちなみに、美術の教師は美吹みぶき先生。


 黒板の前に立つ、先生の顔はいつも以上にニコニコしている気がします。


 ……絶対に嵌められましたよね、これ。


 教師の職権乱用に呆れながら、美吹先生に目の前のお友達と仲が良い事を見せるには丁度いい。そう、自分に言い聞かせ、大人しく作業を始める。


「初めに言っておくが……少しでも不出来に描いたら、五千円は払わないからな」


 とんでもなく不細工に描いてやろうと思っていたら、桜咲さんはそんな事を言ってきた。


「ぐぅ、分かりました。……あなたも、ちゃんと美少女に描いてくださいね」


「初めから不出来なものを美しく見せられる訳が無いだろ?」


「喧嘩売ってんですか?」


 そんな感じで、少しだけバチバチはしましたが、描き始めるとお互いに無口になり……そのまま三十分が経過しました。


ぼちぼち描き終わる人が出る中、私と桜咲さんは……何故か言い争いをしていました。


「おい!何だ、この耳は!この目は!この顔は!こんなのただの化け物じゃないか!」


 心底気に入らなさそうに私の絵を指差し、化物扱いしてくる。


「人が真面目に描いた作品を化物扱いしないでください!あなたこそ、私の事、どう見えてるんですか?」


 桜咲さんが描いた、子供の落書きみたいな絵を指差す。


「頭が大きすぎではないですか!これでは体がしぼんでいるみたいで、変でしょうが!」


「いや、しぼんでるだろ?」


 桜咲さんは、私の胸を見る。


 その瞬間、必死に抑えていた色々な感情が、私の中で自由になった気がした。


「こっの、言ってはいけない事を……もう五千円なんていりません!いるもんですか!ですから、一発殴らせてください!思いっきり!」


「はっ、やってみろ!だが、いいのか?殴れば君の立場はすぐに――痛った!?おい、本当に殴る奴がいるか!?」


「殴ってません~~~デコピンしただけですけど?えっ、言いがかりですか?可愛いデコピンを、エグイグーパンチにでも変えるんですか?えっ?えーーー~~~?」


「なんて、腹立たしい顔だ……」


「あなたこそ、お子様なのでは?偉そうなことばかり言って、気に入らなければ文句。まるでおこちゃまじゃないでしゅ――っだぁ!?」


「おっと、すまない。何故だか、定規を思いっきり引っぱたらどうなるか気になってしまってな」


「嘘、下手くそですか!そんな訳ないでしょ!わっ、ちょっと、定規こっち向けないでください!やめろなさい!やめろぉーー~~!」


 ムキになって、お互いに言い合う私達を、美吹先生は困ったようにオロオロと見ている。

 


 その後、先生に止められるまで言い争いをした私達は……そのあとの授業でも、似たような喧嘩をしてしまい、


 そして食堂でも騒ぎを起こしてしまい、その結果――


「――君のせいだぞ」


「――あなたのせいですよ」


 ――二人で仲良く、空き教室の掃除をする事になってしまうのでした。



 仕方なく、掃除を始めると。


「?」


 何故だか、胸の辺りが少しだけチクッとした。

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