説明会



「おはようございます、桜咲さくらさきさん。早速ですが――顔貸してください」


「…………」


「えっ?刹那ちゃん?」


「すみませんが、ちょっと抜けます。先生が来たら遅刻扱いで構わないと伝えておいてください」


「わ、わかった……伝えておくね……」


「では――行きましょうか」


「……ああ」


 私は桜咲さんを連れ、教室を後にする。




 第二校舎に設置された非常階段。


 古びた鉄製の階段は、日が当たらず薄暗い。


 第一校舎から少し離れた場所にあるこの場所は、人目に付きにくく、生徒のサボリ場所として有名なんです。


「で、何が聞きたいんだ?わざわざ、こんな場所に連れてきたからには聞きたいんだろ?私の事について」


 ツンとした冷たい声が私に投げられる。


「……質問をする為に連れてきましたが、別にあなたの事を知りたい訳ではありません。私が聞きたいのは――あなたに生えていた猫耳とキスをしてきた事についてです」


 キス。


 その短い言葉に、桜咲さんは少しだけ反応を見せ、隠すように顔を逸らした。


「あの耳は……本物……何ですか?」


 まず最初に、一番気になっていた事を質問した。


 昨日見た限りでは、作り物には見えなかった。かといって、本当に頭から生えていると言うのも信じがたい。


 人間の頭にあんなものが生えるなんてありえない。


 ですが、そんな私の想いも虚しく……


「……ああ、そうだ。あの耳は正真正銘、私の頭に生えた体の一部だ。作り物じゃない」


 桜咲さんの口からは、そんなありえないを肯定する言葉が。


「……嫌だったら、答えなくてもいいので聞きますが……それは何かの病気、なのですか?」


「……あれは病や障害には当たらない。もっと別の……代償みたいなものだ」


 そう答える、彼女の目は諦め切ったような、とても冷めた目をしていた。


「代償、ですか……冗談では……ないですよね?やっぱり」


「そうだな、君をからかう為の妄言、という可能性もあるかもしれないが……コレに関しては紛れもない事実だ」


 桜咲さんはため息をつき「私も冗談であって欲しかったよ」と肩をすくめながら続けた。


 その顔からは、昨日のような性格の悪さは感じることが出来なくて――行き場のない怒りや絶望のような物を感じる。


「分かりました……耳の事については、また聞かせてもらいます。なんか面倒そうなんで」


「……君はもっと、言葉を選べないのか?」


「刹那ちゃんは素直な美少女なので諦めてください」


 思った以上に面倒そうな感じなので、猫耳に関してはこれ以上の詮索はやめておきましょう。


 あの可愛らしい耳に、彼女がどんな感情を持っているのかなんて興味ありませんし。


 それよりもあの事を聞くほうが大事ですしね。


「では、もう一つ聞きますが……その……あの……」


 いざ聞くとなると、途端に恥ずかしくなってきました。


 ええい、負けるな私。根性です、根性。


 そもそも、私が恥ずかしがる理由なんて何処にもないんですから。


「……昨日、いきなりしてきた……キス、についてなんですが――」


 聞いてもいいですか?そう、私が続けようとすると、桜咲さんはさっきとは正反対な態度で……


「あ、あれは猫耳を消すのに必要だったからしただけだ!君に対して、淫らな感情を抱いた訳じゃないからな!いきなりあんな真似をして、悪かったとは思う。が、いいか?断じて違うからな!勘違いするなよ!絶対に違うからな!」


 身を乗り出しながら言ってきました。


 顔は真っ赤になり、私を鋭く睨んできている。


 ツンデレみたいな事を言っている所、申し訳なくなりますが、私が聞きたかったのはそこではなく……


「いえ、あなたがどう思っていたかはどうでもいいんで。私が聞きたかったのは、あのキスも猫耳に関係するのかって――事だったんですけど……」


 私の言葉に、真っ赤だった顔は更に真っ赤になり、そして――


「なっ……――ーーー~~~~~!?」


 プシュッ~~と空気が抜けたみたいに、その場に座り込んでしまうのでした。


「……まぁ、関係はあるんでしょうね。その様子だと」





「キスをすると消える?」


「ああ、そうだ。あの耳は、誰かとキス……正確には他人の体液を摂取すれば消えるんだ。原理は知らないがな」


 十秒ほどで元通りの冷たさを取り戻した桜咲さん。


 他人事みたいな態度で、さらっと答える。


「体液って……ちょっと、えっちな響きですね」


 乙女らしく、くねくねしながら照れてみる。


「……耳を消すだけなら、唇に触れるだけで十分。体液が必要なのはよっぽど――……」


「よっぽど?何ですか?」


 桜咲さんは歯切れ悪く言葉を切る。


「……いや、何でもない。ともかく、今日から君と私は友人関係。その事を忘れないで行動してくれ」


 桜咲さんは非常階段を上がり、教室へと向かおうする。


「あっ、ちょっと、まだ質問は終わってませんよ!聞きたいことはまだ――」


「もう十分だろ。とりあえず、君は友人のフリをするのと――私に耳が生えたら唇を貸せばいい。ただ、それだけの事だ。不安な事があるなら、コレに目を通しておくといい」


 一枚の可愛らしい柄のメモを渡される。


「じゃあ、そういうわけでよろしく頼む。――友達さん」


「いや、唇を貸すって、そんなほいほいとキスするだなんて、私はそんなビッチじゃ……もういないし」


 慌てて追いかけるも、そこにはもう桜咲さんの姿はなくて……ただ、ゆっくりと非常扉が閉まっていくだけだった。


 気が付けば、一限の授業の終わりを知らせるチャイムの音が聞こえる。


「はぁ……なんなんですか。あの人」


 身勝手な行動に呆れながら、渡されたメモを読む。


 そこには綺麗な字で、三つの説明が書かれている。



 一 友人偽装に関して――朝の挨拶と休み時間に適当な会話をする事。昼食に関しては私が頼まない限りは一緒に取る必要はない。美吹みぶき教諭を騙せればそれでいい。


 二 猫耳に関して――詳しくは書かないが、アレは私の感情によって出現する。もし、現れているのに気がついたら、人気のない場所でキスをする事。絶対に変な事を考えるな。


 三 尻尾に関して――ほぼ、心配はいらないだろうが、もし、私に尻尾が生えていたら急いで鍵のかけられる部屋。トイレでもどこでもいいから、閉じ込めろ。そして私が自分から出てくるまで絶対に近づくな。絶対に。

 


 最後まで読み、顔をあげる。


「……耳だけじゃなくて、尻尾も生えるんですか、あの人……」


 何というか、本当に萌えキャラみたいな存在ですね、あの人。……キャラ盛り過ぎでは?


 いっそ、秘密にせずに、公表すれば有名人になれるのでは?


 そんなやましい考えが浮かぶも、そう上手くいくはずがない。


 怪しげな機関に捕まるか、化物とか言われかねませんね。


 あと。三つ目だけ、なにやら不穏な感じがしますが、心配はいらないと書かれているので、大丈夫でしょう。

 

「と、早く教室に戻らなければ」


 メモをしまい、私も急いで教室に向かう。


 ふと、聞き忘れたことがあったのを思い出した。


「代償って……何のことなんでしょうね」


 代償、という事は何かを欲した対価という事でしょうか?


 本人に聞いても、答えてくれるかわからない。というか答えてくれなさそう。


 それに私の方も、そこまで彼女の心に踏み込むつもりはありません。


 私はきっと彼女のことが好きじゃない。


 それは彼女も同じでしょう。


 そんな相手の事を深く知ったところで意味がありません。


 とにかく、今日から二ヶ月間。


 毎日、五千円をもらうためにも、しっかり友達ごっこをしなければ。


「頑張れ!私!」


 最後に自分に向けてエールを送った。


 

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