夕暮れ2


 私は美吹みぶき先生が、頼んだ事を桜咲さんに話しました。


「――なるほど、美吹教諭は私が孤立することで生じる、自らへの評価を気にしている訳か」


「……そこまで考えているかは分かりませんが、教師としての体裁を保ちたいのは事実でしょうね」


 始まったばかりの教師生活で、いきなり問題を抱えたくない。そんな美吹先生の必死さは、桜咲さんに対して勝手に行っていた事からもよくわかる。


 どんな手を使おうと、桜咲さんに誰かとの切っ掛けを持って欲しいのでしょうね。


 それが、嘘にせよ、故意ではないにせよ。無理矢理にでも、入口を作ってしまえば、そこから仲良くなっていく可能性もありますからね。


 チラッと、桜咲さんの顔を見て。


「……まぁ、ありえませんが」


 そんな事を小さく呟く。


 協調性がないだけならまだしも、この人性格の方もダメダメの駄目でしたからね。この様子では、他の人が話しかけたとしても、上手くいかないでしょう。


 目立つ容姿をしている癖に、ちょっと見惚れるだけで変態扱い。そのうえ、口が渇くまもなく人を馬鹿にしてくる始末。


 これではあの人嫌い宣言がなくとも、自然と孤立していたのではないでしょうか。


「何だ、また人の事をジロジロ見て?不愉快だ」


 少し見るだけで、この有様なので、どのみち美吹先生が胃を痛める事になるのは変わらなかったでしょうね。


「いえ、あなたってつくづく、協調性がないんだなって思いまして」


「……ほぼ初対面の私に、そんな失礼な事を言う君も大概だからな?」


 その言葉に少しムッとしてしまう。


 私は桜咲さんとは違い、最低限の協調性はあるつもりなので、普通はこんな事は言いません。


 相手が失礼な人だと分かっているので、口にしただけであって、普通は絶対言わない。


 人間関係なんて、言っていい事と言ってはいけない事を、第一に考えなければいけない。

 例え、真実であっても、口にすればあっさり関係が壊れてしまう事だってある。


 桜咲さんとは違い、私は孤立したくは無い。


 だから、言葉には精一杯気を使っているんです。


 一緒にしないで欲しいですね。


 これ以上、話しても面倒なだけなので、さっさと自分の机から財布を回収する。


「あなたとはもう会話をする事はなさそうなので言っておきますが、勝手に孤立するのは構いません。ですが――一人では出来ることに限りがあります」


 財布の中身が減っていないことを一応確認する。


 一応です、一応。誰かを疑っている訳ではありません。


「そのまま一人で周りから距離を置き続けて、一人ではどうにもならなくなってから、助けを求めても遅いですからね」


 鞄を手に「人嫌いなのは仕方ありませんが、一人は味方を作ったほうがいいですよ」と言い残し、私は教室を出ようとして……


「……おい、少し待て」


 桜咲さんに呼び止められたのでした。


 ため息を小さく付き、後ろを向く。


「……何ですか?」


 暗い影の中に立つ、桜咲さんは少し何かを考えた後。


「……私と……取引をしないか?」


 さっきまでの馬鹿にするような薄い笑みは消え……――まっすぐに私の目を見ながらそう言った。


 

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