夕暮れ 1


 一つだけ開けられた窓の前に立つ、転校生の少女、桜咲玲奈さくらさきれいな


 日は沈み始め。


 ザァッ――と、春の終わりと夏の到来を感じさせる緩やかな風が教室へと入り込んだ。


 入り込む風は、カーテンを揺らし、彼女の透き通るような美しい髪をなびかせる。


 美しく宝石のような蒼い瞳は、私の事を見ていた。


 白く細長い綺麗な手で、髪をかきあげ、その整った人形のような顔をあらわにする


 同じ性別。同じ人間。同じ制服。


 彼女と私、容姿以外は全て同じはず。

 ですが、私と同じところなんて何処にも見当たらない。


 身動き一つせず、ただ、そこに立っているだけ。それだけなのに、沈みゆく夕暮れの光は、桜咲玲奈を幻想的で非現実的な少女へと変えていた。

 

 扇情的で、劣情的で――そして、何処か寂しげな儚い雰囲気を感じさせる。


 触れてみたい情欲をそそられるのに、本当に触れれば――簡単に壊れてしまう繊細な陶器のよう。


 美しく、可愛らしく、決して心を許さない儚げな少女。


 それが、私から見た桜咲玲奈という少女の印象でした。


 私は思わず財布をしまうのも忘れ、彼女の姿に見とれていると、彼女――桜咲さんは鋭い目つきで私を睨み。


「さっきから人の事をジロジロ舐めわすように見て、なんだ君は?変態なのか?」


 トゲトゲした言葉のボールを投げつけてきた。


 可愛い見た目とは正反対に、ゴツゴツしたトゲだらけのボールを。


「なっ!?へ、変態とはあんまりではないですか!?人に少し見られただけで変態扱いをするんですか、あなたは!――あなたを見た人は、全員変態なんですか!」


 鼻息荒く反論します。


「ああ、そうだ。どんな理由があれ、どんな仕事であれ、私を見てくる奴はもれなく全員変態だな」


「まさかの肯定ですか!?」


 ノータイムでした。


「そうだが?鼻の下を伸ばして私を見ていた男子も、舐め回すように私を見ていた君も、私にとっては同じ変態に等しく分類される訳だ。――良かったな、変態仲間がたくさんいて。変態は変態同士、編隊でも組んで、変態的行為に明け暮れているといい。そうすればウブな少女から汚れた大人へと変態できるだろうしな」


 嘲笑混じりの笑みを向けられる。


 あと変態変態言い過ぎです。


「そんな事言われて、喜ぶわけがないでしょう!思春期男子と一緒にしないでもらえますか!それと――私は君ではありません、姫花刹那ひめはなせつなです。あと、変態でもありませんから!」


 相手が協調性を何処かに置いてきてしまっているので、自己紹介なんてする気はありませんでしたが、このままだと「おい、変態」と呼ばれかねません。


「なんだ、私の提案に変態、じゃなかった。……私の素晴らしい提案に反対するのか?」


 クールな顔して間違えましたよ、この人。


「あなたも変態変態言いすぎて、ちょっとおかしくなってるじゃありませんか!」


「うるさい!黙れ!口を開くな!そもそも変態は幼体から成体へと成長する事を指す言葉だ。それを君のような連中が――……ん?姫花?」


 桜咲さんは何かを思い出したのか。私の名前を何度か口にして……


「……――あぁ、君か。美吹みぶき教諭が言っていたのは」


 何故か美吹先生の名前を出しました。


「?……美吹先生がどうかしたのですか?」


 思わず質問してしまう。


「何故、君が不思議そうに質問するんだ……君が美吹教諭に頼んだんだろ?」


「何の事ですか?全然わかりませんけど?」


 訝しげに見られても、心当たりが無い。


 強いて言えば、職員室で頼まれた事くらいでしょうか?


 困惑する私に桜咲さんは呆れたようにため息をつき……


「――姫花という女生徒が私と友人になりたがっている。だから、仲良くしてあげてくれ、と。……私は美吹教諭に言われたんだが?」


 優しくて美人な新任教師による、なりふり構わない暴挙を、私に教えてくれました。

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