お願い 


姫花ひめはなさん、お願い!桜咲さんとお友達になってあげて!」


「え、嫌ですけど」


 私の返事を聞いて、大きく口を開け固まる先生の後ろでは、コピー機が永遠とプリントを吐き出していた。

 


 お昼休み。


 私はクラスメイトから集めた課題を美吹みぶき先生に提出する為に職員室へと来ていた。


 教室とは違い、職員室は冷房が効いていて、少し肌寒い。


「……桜咲さくらさきさんは話しかけないで、なんて言っていたけれど。先生としてはちょっとそれは困るっていうか、出来るならお友達を作って、クラスに早く馴染んで欲しいというか、もっと協調性を持って欲しいっていうか……」


 美吹先生は目を泳がせ、困った顔で言葉を濁していた。


 そんな先生の様子に思わず、ため息が出てしまう。


「……要するに、桜咲さんには転校早々変なイレギュラーを起こさないで欲しい、という事ですよね?」


「うっ……その通り、です」


 私にはっきりと指摘され、美吹先生は諦めたように頷いた。


 まぁ、美吹先生の気持ちは分からないでもありません。


 新任でただでさえ大変なのに、そこに転校生がやって来て、しかもそれがちょっとした問題児。


 先生からしたら、胃痛の種でしかないでしょう。


「彼女と友達になって欲しい理由は何となく想像はつきますが……何故、私なんですか?自分で言うのもアレですが。私も大概、協調性ありませんよ?」


 流石に桜咲さんのように、一方的に壁を張り拒絶するような事はしませんが。


 それでも、私なんかよりも適任の人物はもっといるはずです。


 それこそクラス委員だったり、人と仲良くなるのが得意な人だったり。


 私の質問に、美吹先生は両手を合わせ、優しく笑い……


「それは、姫花さんが一番近い席だったから――」


 人に物を頼む上で、一番どうでもいい理由を述べるのでした。


「丁重にお断りさせていただきます。もっと、適任の人を探すんですね」


「わぁぁーーー~~~~!?待って待って!お願い、出て行かないで――姫花さーーー~~~ん!」



 ◇



「ふ~ん、そんな事があったんだ」


 ユメッチはふむふむと顔を揺らしながら、真っ赤なタコさんウインナーを口へと運ぶ。


「ええ、危うく面倒な事を押し付けられるところでした」


 大人の必死な叫び声を無視した私は、ユメッチと二人、食堂で昼食タイム。


 私は鯖の味噌煮定食を。


 ユメッチは持ってきた可愛らしいお弁当と、どう見てもハイカロリーなチーズ増し増し、ソースベタベタのハンバーガを食べている。


 いくらなんでも、女子高生が食べるにはオーバーしすぎている。


「……ユメッチ、それは流石にまずくないですか?」


「ん、……不味くないよ?むしろ、とっても美味しいけど。刹那ちゃんも食べる?」


 口にベッタリとソースをつけながらニコニコ笑う。


「いえ、味の事を聞いた訳ではなくてですね。あと、顔にソースついてます」


「ほんと?……ん、んぅ……」


 ユメッチは横着をして舌でソースを舐め取ろうとします。が、全部は取ることができず……


「刹那ちゃん、拭いて~~」


 困った顔で私の方を見るのでした。

 

「はいはい……全く、ユメッチはすぐ私に頼ろうとするの、やめたほうがいいですよ。私がいつまでも一緒にいるわけではないんですから――はい、綺麗になりました」


「えへへ~~ありがと、刹那ちゃん」


 ユメッチはフニャッ、とだらしない顔で笑う。


「全く……可愛く笑えばなんでも許される訳じゃないんですからね」


 彼女の纏う、ゆるくてふわふわした雰囲気が私は好きだ。


 背は私より十センチも高いのに、幼い性格のせいか、なんだか放っておけなくて。

 ふわふわしたセミロングの髪も相まって、とても可愛らしい。


「でも、刹那ちゃんはいつも許してくれるよね?」


「それは……そう、かもしれませんが……」


 実際、彼女に対してしっかりと怒った事は一度もありません。あの顔を向けられると、こっちが悪者になった様な気になってしまう。 


「ほらほら~刹那ちゃんが甘やかすから、私も甘えちゃうんだからね~。私にしっかりして欲しかったら、刹那ちゃんがもっと、もーーーっと、しっかりしてくれないと」


 今度は口元にケチャップをつけたまま、偉そうに言いやがりました。


「はぁ……調子に乗らないでください」


 チョップを受け「痛い」と、私の大事な友達は可愛く悲鳴をあげるのでした。




 授業が終わった放課後。


 いつものように、ユメッチと話しながら夕暮れの帰り道を歩いていると。


「財布がありません!?」


 自販機で何か買おうと、財布を取り出そうとして、初めて財布が無い事に気がつきました。


 教科書をしまうとき、一度財布を出してからしまう癖があるので、その時にしまい忘れたのかもしれません。


「ユメッチ、すみませんが先に帰っていてください」


「うん、わかった。あっ、今日は対戦、どうするの~?」


「――やれたら、やる方向で!」


 私はユメッチと分かれると、大急ぎで学校へと引き返すのでした。





 全速力で下駄箱まで戻ってきた私は、教室へと向かう。


 夕日に染められた、さみしい廊下には私の足音だけが響いている。


 さっさと、財布を回収して帰ろう。


 そう思いながら、教室の中に入ると、そこには……


 転校生……桜咲玲奈さくらさきれいなが一人、静かに佇んでいた。


「誰だ、君は?」


 驚く私を睨む、彼女の蒼い瞳はまるで――猫の目のように鋭く光っている。

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