あの子には猫耳が生えている
桜餅ケーキ
始まり
転校生
「転校生ですか?」
朝のホームルーム前の賑やかな教室。
ほとんどの生徒は、まだ席には座らずにくつろいでいます。
いつもより少しだけ遅れてやってきた私を見ながら、幼馴染の
「うん、なんかね。おウチの都合でおばあちゃんの家で暮らす事になっちゃって、それで転校する事になったらしいよ」
ユメッチは今日もほんわか可愛い仕草で「ちょっと、可愛そうだよね」と言った。
「まぁ、確かに。この時期に転校とは……同情してしまいますね」
今は六月。
入学直後はお互いがお互いに緊張しぎこちなかったクラスの雰囲気は、だいぶ和らぎ、大半の生徒が自分の居場所を見つけている。
クラスカーストが出来ているとは思えませんが、少なくともそれぞれのグループは出来上がっているのでしょう。
家庭の事情とは言え、随分と半端な時期の転校。
私はまだ見ぬ転校生に哀れみを覚えた。
「でねでね、それでね」
ぴょんぴょん飛び跳ね、興奮した様子のユメッチ。
彼女が飛び跳ねる度、胸にくっついた脂肪も大きく揺れ、男子達の視線が集まっている。
チラチラと見ている。
「はいはい、聞いてあげますから。飛び跳ねないで、落ち着いてください」
男子のいやらしい目が、幼馴染に向けられるのはいい気分ではありません。それに私の平たい胸にくすぶる嫉妬の炎もメラメラしそうなのでやめてほしい。
どうやったら、そこにだけ脂肪が集まるのか、不思議でたまらない。
「ごめんね、ちょっと興奮しちゃって」
えへへ、と可愛く笑う。
くっ、この生き物は……ちょっと、可愛すぎますよ。
同性の私から見ても、これだけ可愛いのですから、男子から見たらそれはもう大変でしょうね。
まだ、ユメッチからは男子に遊びに誘われた、告白されたなどの話は聞いていないので大丈夫でしょうが。
やはり変な虫に騙されないよう、私が守ってあげねば。
そう心に誓いながら、ユメッチのふわふわした髪を撫でる。
ちょっと、恥ずかしそうにしながらも、彼女は手を払い除けたりはしなかった。
「あっ、それでね、
正直、私としては転校生の事なんて、どうでもいいからこの生き物を愛でていたいと思いましたが、撫でるのをやめて素直に話を聞いてあげます。
「その子ね――お金持ちのお嬢様なんだって」
「ほほう、お嬢様ですか。それはまた、漫画みたいな話ですね」
変わった時期にやって来る転校生。しかもお嬢様ですか。
なんだか本当にアニメや漫画みたいで少し驚いてしまう。
何となく、クラスを見渡す。
「どうかしたの、刹那ちゃん?」
私の奇妙な行動を見て、可愛らしく首をかしげるユメッチ。
「いえ……もしかしたら、窓際の一番後ろの席に、気だるげば男子生徒が居るのではと思いまして」
一応、確認しましたが、その席には普通に女子生徒が座っていました。
そう言えば、先週席替えをしたばかりでしたね。
……いえ、既に外でフラグを建てている可能性も捨てきれませんが……
頭の中で転校生とクラスの男子がお互いに驚くという、ベタな展開を想像する。
「……刹那ちゃんって、見た目は真面目そうで可愛いのに、結構変わってるよね」
「ユメッチのような、ゆるふわちゃんには言われたくありませんよ」
「それって、ほわほわ可愛いって事?」
なにやら嬉しそうな顔でこちらを見てくる。
「ほわほわ?……可愛いとは思いますが、馬鹿にしてる意味合いの方が強いですかね」
幼馴染の思わぬ言葉に、少しだけむっとしていると、黒板近くのスピーカーからチャイムの音が聞こえた。
ギリギリまでおしゃべりをしていた生徒たちは慌てて、自分の席に座り、私とおしゃべりをしていたユメッチも急いで、自分の席へと戻っていくのだった。
少しすると、教室の扉を開けて、担任の先生ともう一人――金髪の小柄な少女が、一緒に入ってきた。
人形のような可愛らしい彼女の姿を見て、クラスの男子も女子もざわざわと騒がしくなる。
「はい、皆さん。静かにしてください」
新任の
「気持ちはわかるけど、今はちょっとだけ我慢してね。――では、今日からこのクラスの一員になる、皆さんの新しいお友達を紹介します。
美吹先生にそう促されると、転校生の女の子は一歩前へ出て。
「
彼女の言葉で美吹先生も含めたクラスの空気が、氷河期を迎えたように、凍りついた。
彼女――桜咲さんは、淡々と口を動かすが、その綺麗な蒼い瞳は、誰の事も見ていない。
「それと、私にどんな興味や感情を抱こうと、話しかけないでくれ。はっきり言うが、私はかなりの人嫌いだ。他人と同じ空間で過ごすだけでも、かなりストレスを感じている。だから――」
「――絶対に私に関わるな。それだけを守ってくれれば、君達に迷惑をかけるつもりはない」
彼女はそう冷たく言うと「では、一年よろしく頼む」そう言い残し、冷え切った教室をすたすた歩いて、私の後ろの一つだけ空いている席へと座ってしまいました。
誰もが言葉を失う中、教壇に立ち尽くす、優しい美吹先生の顔は今にも泣き出しそうでした。
「これはまた、随分と変わった人が来ましたね」
ユメッチや他のクラスメイトのように、転校生に対して特に何も期待していなかった私はそんな事を呟いた。
本人が話しかけるなというなら、そうすればいい。
私は彼女が言った言葉に対して、特に何も思わない。本人が仲良くしたいなら、仲良くしますが。その逆であるなら、私も仲良くはしません。
下手に関わって、厄介なことにはなりたくありませんし。
チラッと、後ろに座る桜咲さんを見てみる。
小さく整った顔と明るい金髪、蒼い瞳に白く綺麗な肌が、彼女を創作物のような存在へと錯覚させる。
身長は多分、私と同じくらいでしょうか?
あまりジロジロ見ると怒られるかもしれないので、適当に切り上げる。
きっと、彼女と話すことなんてないんでしょうね。
そんな事を考えながら、窓の外を見る。
夏が近づく空は、どこまでも青く広がっていました。
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