第5話 どうすれば
当時、容疑者に上がった人は三人いた。だが、どれも確信的な証拠が出たわけでないため任意同行まではいっても起訴することは出来なかった。
その三人のうち一人はまだ横浜にいる。
「この人が当時の犯人ですか…?」
「嗚呼、此奴もまた能力者だった」
「だった?」
秋は頭を掻きながら説明する。
「認識疎外の能力だ。当時奴は捕まえることを前提で殺しに行っていた。人間の中身への好奇心に耐えることができなかったためだ」
「でも、捕まらなかった」
「そうだ、不完全ではあったがその能力が発動していたからだ」
当時が平凡な高校生であった認識。証拠が不十分であったという認識。
どれもこれもその時に事実として世論に上げられたものは現場にいた人間の認識が違っていたからだ。
「歳を取るに連れ能力は消えていった。基本自覚しなければ外部に出てくることがないのが異能力だ」
「余命僅かな今はないにも等しいということですね」
「そうだ」
「それにしても、どうやってその情報を手に入れたんですか?」
「忍び込んだ」
「は?」
秋は黙る。これ以上話すことはないらしい。
「…警察署に不法侵入」
捕まる。絶対に。
自分には出来ないと水野は確信した。
「それよりどうするんだ」
彼奴を殺すのか?
水野を見る秋の目は冷たい。
「(そうだ、決めなければいけない)」
死者の願いを叶えるために生者を殺すのか。手を下さなくてもいずれ死ぬ。でも、それは復讐になりえない。
復讐したところで得られるのは人を殺した事実とその時限りの満足感だ。
復讐を成し得た水野が思うのは可笑しいが復讐は止めたほうがいい。父親が死んでるのであれば息子には悪いがこの依頼は完了させない。
息子が手を汚すのを父親は望んでないだなんて綺麗事を言うつもりはない。
「死人に口なしです。復讐は生者が前を向くための手段の一つであるのであって、死者の願いを叶えるためじゃない」
水野は殺さないことを選んだ。
「ヒロさんの言うとおりだな」
「え?」
ヒロは何を言ったのだろうか。
「お前に異能力がなければ良かったのにな」
秋の目は今までの水野を見ているものと違って少し憐れんでいるかのようだった。
「じゃ、帰るぞ早く降りてこい」
「はいッ」
返事はするものの降り方がわからない。流石に三階の高さの木登りなんてしたことがなかったからだ。
「秋さん、これどうやって降りるんですか?」
「は?普通に」
秋はスタスタと水野を置いて歩いていく。
後ろで何かを言っている水野を無視し秋はスマホをポケットから取り出す。
電話をかけた相手は
「ヒロさん俺です」
「お疲れさま。秋」
「水野は貴女の予想してた通り殺さなかったです」
「理由は?」
「"死人に口なし"だそうです」
「なるほどね」ケラケラとヒロは笑う。
「あと、彼奴情報収集に向いてないです」
「だろうね、まぁそれは私達で十分出来ることだ」
気にしなくていいということだろう。
「彼には私達には出来ないことが出来るからね」
ヒロのことが大切な秋にとって目にかけてもらえる水野は一緒にいてあまり気分が良くない。水野に嫉妬しているのにそいつにしか出来ないと言われると何とも形容し難い感情になる。
「秋、これからも頼りにしてるよ」
電話越しに秋の感情を読み取ったのか最後にこう言って電話を切る。
言われた秋からは花が舞っているかのような幻覚が見えそうなほど機嫌が良かった。
なんてチョロい奴だ。
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