同士への日記「君はわかってくれるだろうか?」

戸森鈴子(とらんぽりんまる)

同士への日記「君はわかってくれるだろうか?」


 私は近所の森の中を歩くのが好きだ。

 整備された木っ端が敷かれた道ではなく、少し外れた木の間。

 けもの道……よりは人も歩ける山道。


 クマはいない、鹿もいない。


 森の中、深くも行かない……散歩道。


「あれ」


 私は木に立てかけられた『こうかん日記』と書かれた可愛いキャラの絵が書かれたノートを見つけた。


 不気味だと思ったけど、つい気になって私は手にとった。


『三月一日、僕は変な化け物に会ってしまった』


「え……?」


 それは男の子の日記のようだった。

 震えるような汚い文字で、文字は続く。


『二刀流のように腕を変化させる化け物に出会い、僕は為す術もなく化け物に捕まってしまった、どうしよう……僕は化け物に侵食された』


 気持ちの悪い、理解できない文章だ。


『誰にも話せない、誰にも言えない、ネットも無理……だからここに綴る。誰か返事をください』


 これを読んだだけでも背筋がゾクリとした。

 不気味すぎる交換日記……交換日記?

 これに返事をした人はいるのだろうか……?

 私は不安で背後を振り返り、誰もいないのを確認してノートをまた開く。


『三月四日、やっぱり誰も返事はくれないよね。寂しいよ悲しいよ辛いよ。僕を侵食した化け物は……僕を推しだと言う。そんなのは酷い言い訳。人類への応援だ。僕への推し活だと言って……彼は僕の体を使って人を殺め人を喰うんだ……』


「ひぃ!?」


『待って……! 閉じないで! もしこれを読んだ君がこのノートを閉じるということは……やっぱり僕の罪という事……? 酷いよ……お願い……誰か返事をください』


 穏やかな散歩の途中に見てしまったノート。

 そこに記された戦慄に私は恐怖して放り投げてしまいそうになったけど彼の訴えに心が打たれて……またページをめくってしまった。


『三月九日、なんだろう。第六感が冴えてきたというか。馴染んできてしまったのが……魂が寄ってきたような実感が増えてきた……お願い僕の心を奪わないでほしい』


「そんな……」


『でも、まだ見ぬ君よ、友よ、同士よ……どうか……僕を見限らないで……必ず僕は彼を支配してみせる……だから返事をください、一人の闘いはきついつらい、わかってほしいよ』


「あぁ……」


 私は涙を零していた。

 彼は、化け物に抗おうとしているのだ……。


『三月十一日、懺悔します。今日も人をクッタ。そして化け物と一緒に笑いました。でもお願い……死んでもいいやつらだったんだよ。暴走行為をして人を殴っていた、ソシテ俺達に絡んできた、だからお笑いだぜって笑ってコメディみたいにガン!!って相手のクソガキの頭をクッタ……ねぇおねがい、僕はおかしいかな……返事をくださいだれか』


 彼の最初の震えながらも丁寧だった文字は書き殴られるようになっている。

 まだ誰からの返事もノートには書かれていなかった。


『三月十四日、今日は耐えた……俺のばあちゃんの八十八歳の誕生日祝い……行かないと言ったよ。化け物と一緒に生きてる孫の顔を見られたくなかった。……ねぇ俺は十八歳だけど……もし八十八歳まで生きるとして、あと七十年こいつと一緒なんて……おかしくあなああああってなかぁなる……さびいだれかヘンジください』


 彼はだいぶ、精神がおかしくなってきているのだろうか……。

 化け物と一緒になってしまった……?


『三月十六日、美味しい焼き鳥を食べました。すごく美味しかったよ! お返事きたら、嬉しいな~』


 焼き鳥……と言われても、まさかそれは? 吐き気がこみ上げてきた。

 浮かれたような文字のノートをめくると、次のページは血塗られている。


『三月十八日、今日は俺もとんでもない一日だった。違う化け物が襲撃してきたんだ。俺は腹を貫かれて……死にかけた。でもあいつと離れるチャンスだったんだ。それなのに、出会いと別れなんてものを考えてしまったんだよ……俺が今まで喰ったと思った人は……みんな化け物が擬態した姿だったんだ! あいつが自分の仲間を喰ってきた意味を考えてしまって、俺はまたあいつと半分同化してしまった……ねえ君はどう思う? 返事がほしい』


 なんという事だろう、殺人だと思っていた行為は……化け物退治だった?


『三月二十一日、俺は今日とっても嬉しいことがあったんだ、聞いてねマイ・フレンド。今日、人を初めて助ける事ができたんだ。俺達と敵対してる奴らが襲った女の子を助けたんだ。そしたら『私だけのヒーロー!』って言われたよ、正直嬉しかった。ねぇ喜んでもいいかな?』


 すごい、彼は人類を守るために戦い始めたのか。


『三月二十三日、まだ一ヶ月も経っていないのに、俺は随分忙しくなった。でもこの交換日記は続けて書いている。化け物との闘いは続いているよ。猫の手も借りたいと思っていたら、逆に敵に襲われた猫を拾う羽目になって……結果がこれです。可愛いと思ってくれたらヘンジください』


 ノートじゅうに猫の足跡がついていた。

 少し可愛いと思ってしまった。きっと三毛猫じゃないかな。何故かそう思った。


『三月二十五日、今日で最後にしようと思う。俺はこれからどうするべきか真夜中に考えています……こいつと完全同化して、人類の敵、こいつの同郷種族ガイザンド達と戦うべきか。僕はずっと一人で誰かに意見を言ってもらわないと不安だったんだ。だからこうして、交換日記を書いて……君に聞きたかった』


「うん……」


 私の頬を涙が伝う。


『僕が逃した、僕の心のすみっこの僕……僕の最後の鍵』


「……うん」


『この日記を読んでくれたら、返事をください』


 そうだ……これを書いたのは私……僕だ。

 僕自身が正気を保つために書いたのだ。


【さぁ、そろそろ選べ】


 僕の心と体の半分にいる化け物が、僕に話しかけた。


 怒涛の一ヶ月を思い出す。

 走馬灯のように流れる日々。


 僕に侵食したこの化け物と完全に同化すれば、力は手に入るが二度と人間には戻れない……。


 だけど僕は……選ぶ、この道を。


「三月三十日、お前と完全同化して人類を救う――!!」


【了解、相棒】


 心も体も同化していく……完全に俺達は同化した。

 俺の手は人間の手から二刀流のような刃物に変化して日記を切り刻む。


「さぁ、これからも頑張っていこう相棒」


 返事はない、俺だから。

 紙吹雪のなか俺は、山から飛び去った。




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同士への日記「君はわかってくれるだろうか?」 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU

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