第35話
動きを封じられてミカエルが驚いたようにカイを見下ろす。
「違うよ。そういう意味じゃない。好きになってもらえるように努力してない。そう言ってるんだ、俺は」
「好きになってもらえるように努力、してるんじゃないか」
「それを努力してるとは言わないよ。身体で言うこと聞かせてるだけだ」
はっきり言われてミカエルは唇を噛んだ。
「俺も男だから、そういう風に誘導されれば身体は反応するよ? でも、それだけだ。心は動かない。寧ろ強制されればされるほど、そういう対象だと思えなくなっていく。何故って好きになれる要素が見付からないから」
「カイは俺を大天使としか見ないじゃないか。それで努力もなにも」
「大天使だからなんだって言うんだ? 俺が相手を種族で区別しないことは、ミカエルが1番よく知ってるはずだろ? 悪魔に同情するな。共感するな。そう言ってたのはミカエルじゃないか。その俺がどうして天使だけを区別するんだ?」
そう言われてしまうと言い返せない。
確かにカイは種族で相手を区別して意識はしないので。
差別意識を種族単位で抱かない。
それがカイの最大の長所であり、同時に最大の欠点だったから。
悪魔ぬ対してまで差別意識を抱かないことが。
「人間も天使も悪魔もモンスターもドラゴンも、俺にとっては皆一緒だよ。差なんてない。本人同士がそう思ってなくてもね」
「カイ」
「ミカエルは俺をどうしたいんだ? 身体が欲しいだけなのか?」
「違うっ」
怯えたように抱きつくミカエルにカイは黙って背中に腕を回した。
「カイが欲しいよ。恋しいよ。だから、まだ無理だって神に制止されても戻ってきた。カイに逢いたかったから。自分で自分がわからないっ」
震えるミカエルはカイには小さな子供に見えた。
そう言えば天使って5年で成人するんだったと思い出した。
5年で成人してしまったら、感情面の成長が追い付かないこともあるだろう。
ミカエルは自分で自分の感情の動きがわかっていないのだ。
ただ身体でひとつに繋がることだけを手順を無視して覚えてしまったから、カイを求めてくるだけで。
厄介だなあと感じつつ、カイは泣いているようなミカエルをずっと抱いていた。
ズルズルとその場に座り込んだ。
部屋の中では半裸のカイとミカエルが抱き合っている。
ふたりがそういう関係ではないか。
あの子供たちはカイとミカエルの子ではないか。
そういう噂を聞いたカトリーヌは、カイにそのことを確認しようと部屋にやってきたのだ。
だが、何度ノックしても返事はない。
人の気配はするのに、だ。
それでそっと扉を開けてみると椅子に座ったカイの上にミカエルが跨がって、ふたりで抱き合っていた。
最初はなにをしているのかわからなかった。
カイは苦しそうにミカエルから顔を背けていたし、同意の上というより強引、もしくは無理強いに見えたから。
しかしすべてが終わってから交わされた会話で、ふたりは確かにそういう関係なのだとカトリーヌも理解した。
同意しているわけではないのだろう。
聞いた会話が本当ならおそらくミカエルの片想いだ。
カイはまだミカエルを思ってはいない。
ただそれで肌を重ねることにミカエルが成功しているだけで。
おそらく初めてではない。
カイがミカエルにそういうことを強要されるのは。
その結果できた子供。
おそらくそういうことなのだ。
あのふたりは本当にカイと大天使の子供だった。
「カイ……」
涙が溢れて止まらない。
ルナが離れていって安堵したのも束の間。
今度は大天使が横から現れてカイを奪ってしまった。
まだミカエルのことは特別な意味で好きじゃない。
そう言ったカイの声が脳裏に響いた。
カイはまだだれも特別な意味で好きじゃない。
そして彼は種族で相手を区別しない。
つまり人より禁忌の感覚が薄いということだ。
普通なら避ける相手も避けない。
相手に対して差別意識を抱いていないから。
「だったらわたしにも可能性はある?」
押し切られてしまえばカイはおそらく抵抗しない。
それもさっき知った。
嫌だと抵抗できるならカイはとっくに抵抗していたはずだからだ。
そう教え込んだのはミカエルかもしれない。
でも、そのせいでカトリーヌにも希望はある。
そう思って涙を拭った。
泣いてばかりいても愛する人は得られないと思い知って。
「わたしは妹じゃ嫌なの。あなたを兄さまとは呼べない。呼びたくないっ!!」
絶対に言えなかった本音を呟いてカトリーヌは決意した。
ミカエルからカイを奪ってみせる、と。
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