第34話



 執務室にカイが訪れてきて、初孫たちと対面させられたスタインは、満面の笑みになってひとりずつ抱き上げた。


「一度にふたりも産まれるとは嬉しいものだ。名は?」


 抱かれたリーズが答える。


「リーズ。おとうさまがそうなづけてくれたの」


 そこまで言ってから首を傾げる。


「おじいちゃま?」


「そうだ。わたしがおじいちゃまだ。そうか。リーズと名付けたのか、ウェイン」


「はい」


「ではこの子は」


 スタインの眼がミカエルの傍にいるガウェインに向く。


「ええ。ガウェインと名付けました。せっかく父上が選んでくれた名前なので、それにしたんです。いけなかったでしょうか?」


「そんなことはないぞ? ただ余計な真似ではなかったか。それが気掛かりだが」


「気にしすぎだよ、スタイン。カイだって嬉しかったからそれにしたんだ。素直に受け入れていればいい」


「大天使。スタイン、ではない。義父上と呼びなさい」


「うっ。急に偉そうになった」


「当然だ。ウェインの子を産んだなら、わたしにとってそなたは娘。娘の方が親より偉いとそなたは天使としてそう思うのか?」


「あー。せめて息子にしてくれる?」


「わたしは子供を自分で産んだ性別不明の息子を持った覚えはない」


 呆れ顔のスタインに言われ、ミカエルは困ったように口を噤む。


 やはり子供を産んでいると女性的な扱いを受けるようである。


 別に現在のミカエルが女性化しているわけではないのだが。


「大体母親になったなら母親らしく振る舞うべきだろう? なんなのだ? その口調は?」


「いや。別に俺、女じゃないし」


「だったらきちんと女性になりなさい。子供のこともすこしは考えて」


 まだまだ続きそうなお説教にミカエルはうんざりしている。


「父上。そのくらいにして頂けませんか?」


「だが」


「ミカエルだって急激には変われませんよ。変わられてもわたしも戸惑いますし」


「どういう意味だよ、カイ」


 じっとり睨んでくるミカエルに、さっき自分で否定してたじゃないかと、カイは多少呆れる。


「自分で女らしくなったらおかしいって言っておいて、なにを怒ってるんだか」


「ううー」


 ミカエルはイジけて顔を背ける。


「とりあえず子供たちをどう紹介するか、そちらを先に決めませんか、父上?」


「だから、大天使に変わってほしいといっているのだ、わたしも」


「父上?」


「両親が結婚すらしていないというのは、子供の立場を悪くする。だが、結婚を視野に入れるのは、今の大天使では無理がある。同性同士の結婚にしか見えないからな」


「それはまあ確かに」


 ミカエルが母親になっていながら、男としての自分に拘るところが、すべての元凶となっている。


 スタインはそう言いたいのだと、カイにもミカエルにも理解できた。


「ガウェインはウェインの世継ぎとなる身。その母親がこれではさすがに困るのだ。堂々と婚約者として紹介もできない」


「スタイン。さすがに大天使をこれ呼ばわりはないんじゃないのか?」


 さすがのミカエルも複雑そうだ。


 ミカエルはそういうところに拘るタイプではないが、ここまで粗末に扱われると、それはそれで複雑な気分にはなるので。


「敬意を払われたければ母親らしく、女性らしくなってほしいものだ、大天使」


「……酷い」


「とにかく子供たちを正式にウェインの子として紹介するためにも、大天使には1日でも早く女性になって、らしい振る舞いを身に付けてほしい。それができるまでは明かすことはできない。わかったな?」


「女になるのはいつでもできるけど。……らしい振る舞いって」


「姫君のための教育でも受けるか、大天使?」


 ブンブンとかぶりを振るミカエルに、スタインは思わずといった素振りでため息を漏らした。


「リーズとガウェインには正式に養育の日程を組もう。ウェインの方からはなにか希望はあるのか?」


「子供たちは産まれてから、まだ3日しか経っていません。ですからなるべく負担にならないようにお願いします」


「そうか。産まれて3日なのか、これで」


 受け入れたつもりでも戸惑うスタインにカイは苦笑するしかなかった。


 自分が平然としているのは、おそらくナーガの影響だろうなと思いつつ。





 このところのカイの頭痛の種と言えば父とミカエルにあった。


 父はあれから毎日のようにミカエルを呼び出しては、女性化するように女性らしくなるようにと言い聞かせていた。


 するとミカエルも段々面倒になったのか、1週間くらい経った頃には逃げ出すようになり、スタインが兵たちにミカエルを捜させる、という事態に陥っていた。


 しかし相手は翼を持つ天使である。


 逃げるのに困るわけがなく、このところスタインはイライラしっぱなしだった。


 そんな母親の態度を子供たちはどう見ているのか、今のところはなにも文句を言わず与えられる知識を貪欲なまでに吸収していく。


 その成長ぶりは凄まじくこのままではカイの方がガウェインに負けるかも、と密かに気にしていた。


 養育が始まった時期にそれほどの差はないが、ガウェインの方が幼い分呑み込みも早く、また天使の血を引いているだけあって理解力も高い。


 そのせいでカイものんびりしていられなくなっていた。


 子供たちは今のところは大天使の子という触れ込みになっている。


 カイの子であることは明かしていないし、子供たちにも事実を明かすまでは、カイを父とは呼ばないように言い含めている。


 しかし問題点がひとつだけあった。


 ガウェインの名前である。


 スタイン、ウェイン、ガウェイン。


 並べれば名付けの意図は明白。


 そのせいであの子供たちは、カイと大天使の子ではないのかという噂が、まことしやかに広がっていた。


 それが事実なら大問題である。


 カイは騎士王ではあるが元々歓迎されていない世継ぎの皇子だ。


 その彼に手出しできない理由は、彼が騎士王であることともうひとつ。


 彼が天界から加護を受けている立場だからだ。


 だが、その厄介な世継ぎの皇子が大天使と特別な関係にあったら?


 私的な怒りを大天使から受けそうで、臣下たちはこの疑いがどうか外れていますようにと、毎日願っている状態だった。


 それに疑いが事実の場合、カイと大天使の関係は神ですら認めていることを意味する。


 何故ならミカエルは今でも大天使を名乗っているし、時折子供たちを連れて天界に戻ることもある。


 そのことからミカエルが地上にいるのは彼の意思で、彼は自由に天界と行き来ができ、今もなお大天使の位にいることは予測可能だ。


 大天使という位から彼が任を解かれていないということは、彼が子供を産んでも神はその現実を認め受け入れていることを意味する。


 だから、尚更怖かったのだ。


 大天使の怒りを買うのも怖い。


 だが、神から天罰を受けるのはもっと怖かったので。


「はあああ。スタインってしつこいっ」


 バサリと翼をはためかせて、窓から飛び込んできたミカエルを見て、書物を読んでいたカイが視線を向けた。


「また父上から逃げてたのか、ミカエル?」


「最近は夜まで追い回されてるんだぞっ!? ちょっとぐらい息抜きしろっていうんだっ!!」


「それ。息抜きしたいの間違いじゃないのか?」


「間違いじゃないよ。夜まで追い回されてるってことは、裏を返せば俺を捕まえたときのため、常にスタインもスタンバイしてるってことなんだ。すこしは息抜きしないともたないって。俺と違ってスタインは人間なんだし」


「気遣ってくれるならミカエルが諦めろよ。父上だって疲れてると思うよ」


 苦笑するカイにミカエルは難しい顔だ。


 本音を言えば絶対に嫌だと思っているわけじゃない。


 子供を身籠っていると知ったとき、変わらないといけないのかな? と漠前途ではあったが思っていた。


 だが、カイの責務を思うと女性化することも躊躇われる。


 ドラゴン探しの旅という危険な役目を負っているカイだ。


 それに同行するつもりでいるミカエルが、女性化していると足手まといになりかねないので。


 それに女性化すればどうしても肉体的な特徴が今より落ちてしまう。


 サタンとやりあうときに不利になりかねないのだ。


 今はまだサタンには動きがないが。


 その理由をミカエルは知っている。


 神はミカエルが体調を万全に取り戻せるまでは、特例の処置を維持してくれると言っていた。


 つまり現在もカイをはじめとして自分たちは神の保護下にいるということなのだ。


 だから、サタンは動けない。


 出産して3日で動くなんて天使とはいえ危険だ。


 神に制止されたにも関わらず地上へと降臨したミカエルである。


 体調は万全とは言えない。


 なのに肉体的特徴を落とすことはできない。


 これはカイやスタインを不安にするからと敢えて口にしていない理由だが。


 そこまでして焦って地上へと戻ってきたのは……。


 考えながらミカエルはカイに近付いた。


 子供ができて再会してから、ミカエルはカイに触れたことがない。


 彼からも触れられていない。


 子供たちの両親という立場から見れば不自然な距離。


 見上げてくるカイの頬にミカエルは手を当てた。


「ミカエル?」


 問いかける声を唇で封じる。


 カイは驚いたのか硬直しているだけだった。


 彼が硬直しているのを良いことに、そっと胸元へ手を滑らせる。


 懐かしい肌の感触がする。


 引き締まっていて弾力もある。


 それに男の肌だというのに滑らかだ。


 ビクリとカイが震える。


「ミ、カエル、やめ……」


 項へと唇を落とし掌を下肢へと潜り込ませる。


 それだけでカイの全身から力が抜けていった。


「俺を変えておいて俺を熱くさせておいて、どうしてカイはこんなに冷静なんだ?」


 苛立ったような声にカイが驚いて目を見開く。


 カイが冷静?


 とんだ勘違いだ。


 カイは確かに自分から行動に出たことはない。


 だが、慣れていないこともあって、情事の真っ最中には冷静さを保てたことはない。


 抵抗できないのがその証拠だというのに、ミカエルはカイが冷静に対処していると思っていた?


「カイは抱くのより抱かれるのが好み?」


「なにを……言って……っ」


 早くなる手の動きに冷静さを保てない。


「サタンに抱かれるのと俺を抱くのとどっちが好き?」


 そんなの言えるわけない。


 眉を寄せて首を反らせるカイにミカエルは諦めたように吐息する。


 慣れた感触にいきなり襲われてカイが目を閉じる。


 見なくてもわかる。


 ミカエルが身体を沈めたのだ。


 身体でカイを受け入れている。


 カイは椅子に座っているというのに器用だなと、どこか冷静な部分で思う。


「カーイ? もう身体は自由なんだから、俺を好きにすれば?」


 片手を捕まれて胸元に当てられる。


 そこにある膨らみは記憶にあるそれより大きく感じる。


 母親になったからだろうか。


「どうして俺ばかり……必死にならないといけないんだ?」


 悔しそうなミカエルの声を聞きながら、そのときを迎えてから全身を弛緩させて、ゆっくり瞳を開いた。


 なんとか呼吸を整える。


 ミカエルも衣服をはだけさせ、カイの上で馬乗りになっていた。


 まだひとつに繋がっているのを感じつつ彼(?)の頬に手を当てる。


 ミカエルが疲れたように顔をあげた。


「ミカエルは人を好きになったこと……ないのか? 別に同じ天使でもいいけど。だれかを特別な意味で好きになったこと、ないのか?」


「ないよ。それが悪いのか?」


「俺もないけどひとつだけわかっていることがある」


「わかってること?」


「ミカエルは手順を間違えてる」


「え?」


「俺がどうして自分から行動に出ないのか。どうして自分から望んでミカエルを抱かないのか。理由を問われたら答えはひとつだ。まだ特別な感情はないからだって」


「……相変わらず俺ならそういう対象にすらなれないって言うのか、カイは?」


「そういう対象になりたいなら、どうしてミカエルは努力しないんだ?」


「してるよっ」


 意地になったミカエルがまた身体を動かしはじめて、カイは眉を寄せながらそれを身体で制止させた。

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