第33話
約束の2ヶ月が過ぎた。
ミカエルはまだ戻ってこない。
スタインはスタインなりに父として、息子の決断を大事にしてくれているようで、最近はよく「こんな名前はどうだ?」と言ってくる。
女の子なら「リーゼ」はどうだ? というのが父のご推薦だった。
もうひとり女の子が産まれたら、リーゼと名付けたかったというのが父の夢だったらしい。
皇妃には申し訳ないがカイの母との間に、だが。
カイの「ウェイン」という名は響きからもわかるように、スタインが我が子に自分の名を与えて名付けた名だ。
だから、男の子の場合は力強い名がいいと言ってくる。
例えばガウェイン、とかだ。
ガウェインはこの国で獅子の名を意味する。
獅子の如く強くあれ、と、父は思ってくれているらしい。
最終的に決めるのはカイだから、候補程度に思ってくれたらいいと父は言うが、ウキウキした顔を見ていると、どうにも他の名は決めにくい。
しかしカイと逢ったとき、子供はもう自我もある5歳くらいに成長しているわけで、名付けなんてできるのかな? というのが、密かなカイの悩みだった。
しかし父は息子なら「ガウェイン」と名付けろなんて言うが、それだと父であるカイと同名に近いのだが、その辺は考えてくれたのだろうか?
まあ悪い名だと思っているわけではないのだが。
カイに子供が産まれるという事実は、今のところカイとスタインしか知らない。
父に打ち明けてしまったら、カイとしては周囲に打ち明けても構わなかったのだが、その父に制止されたのだ。
当事者である大天使がいないところで打ち明けるのはやめた方がいいと。
それにミカエルがどういう判断でいるのか、カイと結婚する気があるのか、その辺もわからないままだし、とも言われた。
それもそうだなと思ったのでカイも自分から教えるような真似もしなかった。
皇帝としての父の立場もあるだろうし、未婚で子供を得るということ自体褒められたことではないが、母親はよりによって大天使だし、人々が問題視するだろうということは予測可能だったので。
そうして2ヶ月が過ぎて更に1週間が過ぎた頃、カイがぼんやり部屋から窓の外を見ていると、そのときは急に訪れた。
「カイ」
懐かしい声に名を呼ばれ振り向く。
そこには小さな子供を連れたミカエルが立っていた。
ミカエルの膝にしがみつくようにしてふたりの子供がいる。
子供はひとりと思っていたカイである。
唖然として反応を返せなかった。
「驚いたか? 実は双生児なんだ」
「双生児?」
「こっちが兄でこっちが妹。双生児って天使の子としては珍しいんだけどさ」
「天使の子自体が珍しいんじゃないのか?」
「いや。前例がないわけじゃないよ。かくいう俺も人間と天使の子だし」
「え?」
驚いてミカエルを凝視した。
「人間に恋した天使が産んだ子。それが俺なんだ。俺の出生自体は内密のことなんだけどさ」
「そうだったんだ?」
それでミカエルは破天荒なのかと納得した。
「半分人間の血が混じっているからって、他の天使に負けたくなかった。だから、大天使にまで登り詰めることができたんだけど」
「天使と人間の子なのに天使になれるんだ?」
「その辺はエルから聞かなかったか? 天使の血を濃く引いていれば、産まれてきた子は天使になるんだよ。例え純粋な天使ではなくても」
「じゃあその子たちは?」
「神の見立てによれば半分は人間だけど半分は天使に属するって」
「そっか」
ここまで会話してからカイは立ち上がってふたりに近付いた。
ひとりずつ髪を撫でる。
「名前は?」
「俺の一存じゃ決められなかったし、なによりも産まれてまだ3日しか経ってない。決めてないよ、名前なんて」
「3日? だって予定日はとっくに過ぎて」
「ああ。うん。俺が男の素質が強かったせいか難産でさあ。予定より遅れて産まれたんだ。正直に言えばさ? 帝王切開なんて言われたときには、神になんとかしろって怒鳴り付けたくらいだよ」
ミカエルの言い方だとミカエルの出産には神が立ち会ったと聞こえる。
首を傾げているとミカエルは笑いながら教えてくれた。
「俺の出産には神も立ち会ってくれたんだ。それだけ楽しみにしていてくれたのかな。神が天使の前に出てくるのって、ガブリエルを除けばほとんどないんだけどさ」
「ああ。そういえば大天使次長ガブリエルって神の寵愛を受けている天使だったっけ。気付かなかったな」
「エルは美人だろ?」
明るく朗らかに言われてカイは苦笑しつつ頷いた。
「ミカエルは母親になっても変わらないな。子供たちが嘆くんじゃないのか? 父親がふたりいるって」
「いいんだ。俺は子供はスパルタ教育で育てるから」
「おいおい」
それとこれとは違う気がしたが、ミカエルに言っても癇癪を起こされそうだったので、カイは賢明にも口を噤んだ。
「おとうさま?」
女の子の方がカイを見上げて口を開いた。
産まれて3日とは思えない。
知識は追い付いていないからたどたどしいが、しっかり発音している。
「俺が名付けていいのか、ミカエル?」
「いいよ。俺だとたぶん天使として名付けてしまうから、サリエルとか、そんな天使みたいな名前になるから」
「じゃあ今日からリーゼだ」
「リーゼ?」
自分を指差して訊ねる女の子、リーゼにカイが微笑んで頷く。
「じゃあぼくは? ぼくは?」
男の子の方が勢い込んで訊ねてくる。
カイはちょっと悩んだが、こう答えた。
「俺の名前はウェインっていうんだ。だから、俺の世継ぎにはガウェインと名付ける。いいかな?」
「ガウェイン? つよそうななまえだねっ!!」
「そりゃ獅子って意味だから」
ミカエルが呆れ顔で言ってからカイを見る。
「それ。カイの名付けじゃないだろ?」
「バレたか」
「バレるって。名付けたのはスタインか?」
「嬉しそうに言ってたよ。こんな名前はどうだ? って」
「……事情を打ち明けたのか?」
「言ったよ。ミカエルが俺の子を産んでくれるって」
まるで望んでいたみたいな言い方をしてくれるカイにミカエルは言葉が出なかった。
「でも、だったら結婚してくれないと困ると言われたけど」
「結婚~?」
嫌そうなミカエルをカイは一睨み。
「子供まで産んでいて嫌だって言う気か、ミカエル?」
「いや。だって俺、男だし」
「母親は普通、女性。そう相場が決まってる」
「いやいやいや。カイだってこんな男みたいな立ち居振舞いの妃じゃ困るだろっ!?」
「それはミカエルが努力して変われば済む話だろ?」
あまりに嫌がるのでさすがのカイも不機嫌になってきた。
結婚したいかと言われればカイも悩むが、子供まで作った相手が結婚する気がないというのも男として複雑な気分にされる現実だ。
「俺はこんな気性なのに女みたいに振る舞ったらおかしいじゃないか」
「結局そこが引っ掛かってるのか、ミカエルは」
呆れる。
女らしさと自分の気性が似合わないからって、結婚を即座に否定するミカエルって、ちょっとずれている。
普通はもう子供もいるんだからと結婚を視野に入れるものじゃないだろうか。
自分が母親らしくないなら、母親らしくなろうと変わろうとするものではないだろうか。
ミカエルはやっぱりどこまでいってもミカエルだ。
今更ながらにそう感じた。
「母親がこんなで嫌か、ふたりとも?」
屈み込んで訊ねるカイにミカエルが顔を赤くする。
「ちょっと待てよ、カイ。幾らなんでも産まれて3日でその問いは」
「「でも、ミカエルはミカエルだし」」
ふたり揃ってそう言われ、カイとミカエルが顔を見合わせた。
カイがなにか言い返すより早くミカエルがペシペシッと子供たちの頭を叩いた。
「「いたい」」
「親を呼び捨てになんてするからだ。大体カイはお父様って呼んでいて、なんで俺はミカエルって呼び捨てなんだよっ!?」
「ミカエルのことはミカエルってよべばいいってかみさまがいってたもんっ」
ガウェインが堂々と言い返す。
その内容にミカエルは座り込んでしまった。
「なんか撃沈されたみたいだな、ミカエル」
「神のバカが。なんて入れ知恵するんだよっ!?」
「意地悪じゃないのか?」
笑いながらのカイの発言にミカエルは「うー」と唸るのだった。
カイがミカエルたち3人を連れて回廊を移動していると、正面からカトリーヌが歩いてきた。
意外そうな顔をしている。
「カイ。その子たちは? 天使なの? 子供の天使なんて初めて見るけれど」
「俺の子だよ」
「大天使様のお子様?」
カトリーヌがキョトンとしている。
天使が子供を作るというのが理解できないらしい。
「天使って確かタマゴから産まれるはずじゃあ? 天使に親子関係なんてないってロズウェルに習ったような?」
カイはただでさえ人間にはない知識を得ていたので、ロズウェルは彼がそういった専門的な知識を必要以上に得ることに同意しなかった。
だから、天使がタマゴから産まれることも知らなかったが、どうやらカトリーヌはきちんと習ったらしい。
さすがにロズウェル。
人間にしては天使に詳しい。
「絶対にあり得ないわけじゃない。俺にだって両親がいるし」
「明かしてよかったのか、ミカエル?」
「これからは明かしていくしかないと思うんだ。でないと今みたいに納得されないだろうし。明かす許可は神から貰ってるから」
「ならいいけど」
「カイ? なんの話をしているの?」
怪訝そうなカトリーヌにカイはこの場は誤魔化すことに決めた。
父がどう説明するかわからない間は迂闊なことは言えないので。
「また後で説明します。今から父上の下へ行かなければならないので」
「……その敬語、まだ直らないのね、カイ」
「すみません」
カトリーヌの方こそ、兄と呼んでくれないじゃないかと思ったが、カイはなにも言わなかった。
人間、何事にも慣れというものは存在する。
これまでずっと他人として接してきて「カイ」と呼んできたのだ。
いきなり兄と呼ぶことなんてできるはずがないから。
「そういえばルナ王女」
「え?」
通り過ぎようとしたら名を出され、思わず振り向いた。
「最近はお兄様と親しいようね? よくご一緒しているのを見かけるわ。とても楽しそうにして」
「そうですね。ルナが楽しんでいるなら、それでいいとわたしは思います。では失礼します」
頭を下げてカトリーヌから遠ざかると、ある程度距離を取ってからミカエルが声を投げてきた。
「ルナ王女がどうしたって?」
「なんか最近になってアンソニー殿下と親しくしてるみたいだ。俺が元気になったのもあるだろうけど、今では俺のところにいるより、アンソニー殿下の下にいることの方が多いからさ。まあ楽しんでいるなら、それでいいんだけど」
この説明にはミカエルが難しい顔になっていた。
「なんでそんな顔してるんだ、ミカエル?」
「詳しいことは緑の妖精王と逢ってから教えるよ。静観してる場合じゃなさそうだ。尤も。俺のせいって言われればそうかもしれないけど」
「?」
カイは不思議そうだったがミカエルは断言した通り、この場で教える気はなさそうだ。
ルナになにか問題でもあるのかなと、このときカイが考えたのはその程度のことだった。
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