第15話

「まあいい。今は問うまい」


「スタイン陛下」


「敵ではないのだろう?」


「違います」


「ではそれでよい。なによりもウェインがそなたたちを気に入っている。敵ではないのならば深く追及していなくなられるのは困るからな」


「よいお父さまですね、スタイン陛下」


 微笑むルナにスタインはすこし照れて視線を外した。





 カイが魘された頃、彼は夢の中で生と死の狭間を彷徨っていた。


『困ったなあ。俺このまま死ぬのかな? 出口が全くわからない』


 彷徨っても彷徨っても身体は楽にはならないし、そもそも出口が見付からない。


 どこまでも続く闇の中。


 ここはなんだか不安だ。


 いっそのこと死んでしまえば楽なのかもしれないが。


 そう思った瞬間死ぬなと呼びかける父の顔が浮かぶ。


 やっと出逢えたのに、やっと見付けたのに、わたしを置いて逝くなと叫ぶ父の顔が。


『死んだらマズイよなあ、やっぱり』


 愛した母とは結ばれず、産まれたはずの息子とも引き離され、それでもなお捜しつづけた父である。


 カイが死ぬということは父には絶望しか与えない。


 これまで生きてきた意味を失わせること。


 でも、どうすれば生きて戻れるのかわからない。


『生にそれほど執着することもあるまいに』


 不意に声が響いて驚いて背後を振り向いた。


 いつのまにかそこにはサタンが立っている。


 風に靡く黒髪。妖艶な微笑。


 以前に逢ったときとはどこか印象が違う。


 死の影を伴っている。


『今のそなたならば魔界へも連れていけるな。肉体など捨ててわたしと共にくるがいい。わたしの契約者よ』


『ち……がう』


 まただ。


 また身体が動かない。切れ切れに言葉を紡ぐのでやっと。


 意識体でもキスされたらダメだと本能が告げる。


 悪魔に影響するのはあくまでも魂。


 意識体で交わすキスも肉体で交わすキスも大した違いはないのだ。


 心の中で何度も「くるな」と叫ぶ。


 それが現実に声になっていたことをカイは知らない。


 頬に片手が触れる。


 死の影を伴っているせいか、その手は冷たい。


 いや。


 以前に触れられたときも冷たかったと思い出す。


 悪魔の手が温かい方がおかしいのかもしれない。


『ふっ。怯えているな。そなたはまるで無力な赤子のようだ。それで騎士王とはな。運命とはなんて悪戯をするものか』


 唇が触れるか触れないかの距離でサタンが囁く。


 一言だけどうしても伝えたいことがあって、カイは頑張って言葉を紡ごうとした。


『これが……あなたの望みなのか、悪魔王サタン』


『大天使の悪知恵によって難を逃れたそなただ。手に入れるべき相手はわたしでなければならない。何故だろうな? そなたがいやがればいやがるほど欲しくなる』


『無理強いされていやがらない奴なんていない』


『わたしの誘惑を無理強いと受け取る者は普通ならいないのだ、騎士王』


 そこまで言ってからサタンは一度顔を離し、カイの頬にキスをした。


 カイがビクッと震える。


『そこでわたしを拒絶できることが、騎士王が騎士王たる所以なのか?』


 拒絶できるものならしたい。


 カイはそう言いたかったが、間近で見たサタンの笑顔が寂しげだったのでなにも言えなかった。


 拒まれたくない。


 そう訴えているように見えて。


『わたしにその身を委ねよ』


 ダメだっ!!


 今度こそキスされるっ!!


 そう身構えた瞬間、暖かな緑の光が降り注いできた。


 カイが上空を見る。


 そこには光が射している。


 暖かな光が。


『緑の妖精王の力……か。忌々しい。そなたは無力なあいだは周囲に庇護されているらしい。騎士王として自覚し成長する前に必ずそなたを手に入れる。覚悟しておくように』


 挑発するような言葉とは裏腹な優しい笑顔に、カイが目を瞬いたあいだにサタンはいなくなっていた。


『……サタン』


 苦い声で名を呼んでから上空を見る。


 今はどうやったら生へと戻れるか、わかるような気がした。


 この緑の光が導いてくれる。


『ルナ』


 無意識に名を呼び捨てにしていた。


 救いの手を差し伸べてくれたらしい少女の名を。

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