第14話

 今までは娘がどんなにカイを慕っても、スタインにしてみれば兄妹かもしれないふたりなのだ。


 特に疑問も問題も感じなかった。


 年齢の離れた兄を慕う妹だと思えば、特に不思議のない態度だったからだ。


 だが、それはスタインの事情。


 アンソニーはその立場的にスタインの過去を知っていたが、カトリーヌを育てるときには注意していたエリザである。


 カトリーヌは自分にもうひとり兄がいるかもしれないなんて知らなかった。


 つまり兄を慕うように慕うわけがなかったのだ。


「カトリーヌ。そなたもしや……」


 問いかける父の声にカトリーヌは答えない。


 ただ引き離されるのをきらって、きつくカイの手を握り締めるだけで。


 スタインはなにも言えなくなった。


 引き離されることを恐れるその姿に答えになったからだ。


 どうしてカイを兄として受け入れなかったのか、この時点でスタインは初めて理解する。


 変だとは思っていたのだ。


 あれだけカイを慕っていながら、兄としては受け入れないカトリーヌが。


 それは受け入れられないだろう。


 兄としてではなくひとりの男として、異性として惹かれていたのなら。

 思わずため息をつくスタインである。


 そんな父と娘をルナが複雑そうに見ている。


 カトリーヌの気持ちは彼女にも伝わったからだ。


(この娘は騎士王様が好きなのね。兄としてではなくひとりの男性として。わたくし……この娘になんて謝ればいいの?)


 望んだことではない。


 恋愛感情なんてない。


 でも、自分たちのあいだに秘められた真実を知ったら、彼女がどれほど傷付くか、それを思うとルナは瞳を伏せるしかなかった。





「陛下」


 突然の呼び声に顔をあげたスタインはすこし驚いた。


 今日は千客万来だなと思う。


 カイの部屋にこれほど人がくるというのは、彼を引き取ってから初めてのことだ。


「どうしたのだ、エリザ?」


「ウェインに毒を盛った者を捕らえて参りました」


「なにっ!?」


 思わずスタインが立ち上がる。


 彼女の背後には衛兵たちに捕らえられたひとりの重臣がいた。


「そなたは……」


 スタインは彼をよく見知っていた。


 エリザの取り巻きにして、彼女に忠誠を誓った重臣。


 どう受け取ればいいのかとスタインの瞳が妃と彼のあいだを行き来する。


「申し訳ございません。わたくしの手落ちです」


「エリザ」


「わたくしが妻として意地を張ったばかりに、彼に妙な誤解を与えたようです。ウェインを殺せばわたくしのためになる、と。わたくしが喜ぶと」


「それはそなたは違うということか?」


「……そう疑われても仕方がないことは自覚しております。ですがっ」


 毅然と顔をあげるエリザをスタインはじっと見詰めた。


「陛下がどれほどウェインを愛しているか、必要としているか知っていて、彼を殺したいと思うほど、わたくしはウェインを憎んではおりませんっ!! ただ……母としてそして妻として、素直にウェインの存在を受け入れることが、どうしてもできなかったのです」


「エリザ」


 呼びかけるスタインの声は苦い。


 ふたりはお見合い結婚だし、それは政略が色濃かったが、スタインはともかくとして、エリザには愛されていることを彼は知っていた。


 知っていてカイやマリアを捜すのをやめなかったのだ。


 そのことが彼女を傷付けていることも知っていた。


 なにも答えるべき言葉が浮かばない。


 唇を噛み締めるエリザを前にして。


「ですが彼にそんな行動を起こさせたのは、わたくしの手落ちです。わたくしが意地を張ってウェインを拒絶しなければ、この事態は起きなかったのですから。どんな処罰でも受ける覚悟です」


「処罰?」


 一言だけ呟いたスタインをエリザがキョトンとして見返している。


「どうしてこのことが原因で、そなたを処罰しなければならないのだ?」


「陛下?」


「そなたをそこまで追い詰めたのは他でもない。このわたしだ。この事態を引き起こす切っ掛けがそなただったとしても、そなたが命じたのでなければ、そなたを処罰しようとは思わぬ」


 エリザの瞳に涙が浮かぶ。


「そなたの気持ちを知りながら、マリアやウェインを捜しつづけた。そのことがそなたを傷付けていることを承知で、わたしはなおも捜した。捜さずにはいられなかったのだ。例え生きている可能性が無に等しいにしても」


 無駄な足掻きだったとだれよりもスタインが知っていた。


 あの状況でふたりが生き延びたとは思えない。


 わかっていたのに捜すのをやめられなかった。


 だから、本当はカイを見付けた後、彼がどんどん自分に似てくるのを見て、これは奇跡ではないかと疑った。


 神が残酷な幻を見せているのではないか、と。


 それでも成長と共に自分に似てくるカイは消えることはなかった。


 確かめる勇気はなかなか持てなかったが、彼が傍にいてくれるだけで嬉しかった。


 それがエリザやアンソニーを刺激するのだとしても。


 居心地の悪い宮殿へくるのを、カイが憂鬱に思っていたことも、聡いスタインは知っていた。


 知っていてワガママを押し通した。


 なにもかもスタインのせいだ。


 あのとき、ふたりを護れたら……。


 彼女が自分の生命を犠牲にして、カイを護る必要もなかっただろうに。


 彼女の生命と引き換えに護られた子だから、スタインは余計にカイが愛しい。


 護りたい。


 愛したい。


 でも、そのことが原因でエリザたちに辛く当たるつもりはなかった。


 マリアのようには激しくは愛せない。


 それでも彼女は妃だしスタインの身勝手を知っていてなお愛してくれる。


 アンソニーだって不遇な立場で頑張ってくれた。


 すべてを知っていて辛く当たることなんて……できない。


「ウッ……」


 突然カイが呻いてすべての者がハッとして彼を振り向いた。


 慌てたようにスタインも椅子に腰掛けてカイの手を握る。


「ウェイン?」


「くるな……くるな!!」


 なにかから逃げようとでもするように、カイは激しく身体を痙攣させ、上体が上へとズレていく。


 今動くのは死期を早める。


 慌ててスタインは息子の身体を抱き締めた。


 拘束するようにきつく。


「くるな……サタン……くるな!!」


 カイははっきりとそう言った。


 ルナが周囲を見回す。


 妖精であるルナにならサタンの気配がわかるかと思って。


「もしかして夢にサタンが干渉しているのかしら?」


 呟いてルナはカイの額に手を当てた。


 気を注ぐ。


 するとカイが落ち着きだした。


 深く息を吐いて身体から力を抜いていく。


 その様子をスタインが驚いた顔で凝視する。


「そなたは一体何者なのだ、ルナ王女」


「わたくしは……」


「並の人間ではあるまい。そもそも医師の話ではこの毒の解毒剤を用意できたことそのものが奇跡という話だった。普通は見付からない薬草だと。そなたたちは一体?」


 たしかにあの薬草は人間には手に入らない。


 エリルから聞いたが妖精の森にしか自生しない薬草を使ったという。


 だから、人間には手に入れられないのだ。


 問われてルナは口を噤む。

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