第13話
「わたしはウェインの父親だ。息子は自分で助ける」
「わかりました。ですが口移しで飲ませる前に、ご自分もすこしだけ飲んでおいてください。そうすれば毒が移っても、多少はマシだと思いますから」
緑の妖精王が準備し、専門に毒物を扱うエリルが作った解毒剤だ。
すこし口に含むだけでも効果は出る。
言われてスタインは頷くと、少量を口に含んでから一気にグラスを煽った。
唇を開かせてそっと飲ませる。
力がないからか、却って解毒剤を飲まない。
いや。
飲めない。
それを感じてスタインはもう一度グラスに残っていた解毒剤を口に含む。
今度は零れないように深く唇を合わせた。
呼吸ができないのか、カイの身体がビクビクと跳ねる。
やがてコクンと飲み込む音がして、スタインはようやく身体を起こした。
「ウェイン?」
真っ白な息子の顔を覗き込む。
血の気の失せた顔色は痛々しい。
「解毒剤を飲んでも、しばらく危険な状態が続くと思います」
「そうなのか?」
「遅効性の毒の厄介なところは徐々に効いてくるところです。そのため解毒剤も徐々に効いてくる物にしないと効果が出ません。そのせいで危険な状態が続くことになるのです。後は騎士王様の体力次第」
「ウェイン……」
「申し訳ございません」
俯いて謝罪するルナにスタインが怪訝そうに彼女を振り返る。
「ルナ王女?」
「わたくしたちがお肉類は食べられないなどと言わなければ」
「これはあなたのせいではない」
「ですが」
「元々ウェインは肉類をあまり好まない。魚はまだ食べるが、それも淡水魚が多い。野菜料理は好きだが、肉料理はあまり好きではないようだった。つまりあなたのせいではないということだ」
カイが肉料理をあまり好まないのは、おそらく最初の育ての親の竜王の影響だろう。
山で竜王に育てられていたのだ。
肉類の調達は難しかっただろうから。
ドラゴンはなんでも食べるので、もちろん生肉だって平気だが、基本的に人間は生肉は食べない。
おまけにドラゴンが料理するというのも、あまり想像がつかない。
つまりカイに肉料理を与えて育てたくても、竜王には無理、ということになるのだ。
そのせいでカイには肉料理を食べる習慣が身に付かなかった。
小さい頃の食べ物の好みというのは、大きくなってからも影響される。
そのせいでロズウェルに引き取られてからも変化がなかった。
これはだれのせいでもない。
強いて言うなら臣下たちを止められなかったスタインのせいだ。
助かってほしいと強く息子を抱いていた。
「カイに毒を盛った?」
皇妃エリザが驚いたように彼女に忠誠を誓ってくれている重臣の顔を見た。
その顔は誇らしげである。
皇妃のために、正義のためにやったのだと、彼は自分に酔っているようだった。
「なんという真似をしたのです……」
「皇妃様?」
信じられないと重臣の声が掠れる。
殺すことができなかったから責められたのかと思い、重臣は慌てて言い募る。
「今は生き長らえていますが、それほど長くはもちますまい。元々あの青年は肉類をあまり食べないため、体力が平均的な同性から見て落ちています。
あの華奢な肢体がその証拠。程なく息を引き取りましょう。確実に息の根を止める毒ですから。多少の解毒剤では効果は……」
「そういう意味ではありません!!」
一息に叱責されて重臣は黙り込んだ。
エリザはたしかにカイを疎んでいる。
息子だとは認めたくないほど。
でも、だからといって殺したいかと問われれば答えは否だ。
どれほど憎くても、どれほど疎んでいても、夫の血を引いた息子なのだ。
その子を殺せば夫がどれほど悲しむか。
わかっているから殺したいなんて一度も思わなかった。
家族として認めない。
それが皇妃エリザが息子のために、そして妻としての自分の自尊心のためにできる唯一のことだった。
つまり単に意地を張っていただけなのだ。
別に殺したいほど憎んでいたわけではない。
どういう背景で生まれようと夫の子には違いないのだし。
そもそも彼は騎士王だ。
騎士王を殺すなんて考えは、彼女には最初からなかった。
エリザは身分の高い皇妃らしく気位は高いが根はいい人なのだ。
こういう事態を歓迎はしない。
「カイは……いいえ。ウェインは陛下のお子です」
「皇妃様……」
「陛下の初恋の少女の生んだ唯一の忘れ形見。陛下がウェインをどれほど愛しているか、それはわたくしが1番よく知っています。それを殺すなどとっ」
「ではアンソニー殿下はどうなりますっ!!」
「アンソニーは最早世継ぎではありません。あなたのしたことは世継ぎへの、そして陛下への反逆です」
言葉に詰まる重臣の前で両手を打ち鳴らした。
控えていた衛兵たちが寄ってくる。
「なにか御用ですか、皇妃様?」
「この者を捕らえなさい」
「皇妃様っ!?」
毒を盛った重臣がひっくり返る。
それは命じられた衛兵たちにしても同じだった。
彼らが捕らえることが可能な地位にいる人物ではないのだ。
だが、皇妃は揺るがなかった。
「皇妃として命じます。この者を捕らえなさい。この者は世継ぎウェインに毒を盛りました。世継ぎへの反逆。皇帝陛下への反逆です。ウェインに万が一のことがあれば、次期皇帝の弑逆です。捕らえなさいっ!!」
皇妃としての威厳溢れる命令に衛兵たちが一斉に敬礼して動き出す。
衛兵たちに捕らえられた重臣は信じられないと、自らが忠誠を誓っていた皇妃を見ている。
皇妃に裏切られることがあるとは想像もしなかったと。
「カイが毒を盛られた?」
母の部屋を訪れたカトリーヌは、偶然そのやり取りを耳にした。
母は捕らえた重臣を引き連れて父の元へ、カイの元へと向かうようである。
ガクガクと身体が震える。
カイが死ぬかもしれない。
そう思うと怖くて身体の震えが止まらない。
気がついたらカトリーヌは駆けだしていた。
今頃、死と生の瀬戸際にいるはずの最愛の人の元へ。
どこをどう走ったのか、滅茶苦茶に走ってカトリーヌは体当たりするように、カイの部屋の扉を開けた。
中にいた少女が驚いたような顔を向けてくる。
その反対側にいる父も驚いた顔でカトリーヌをみていた。
「カイっ!! カイっ!! 死なないで、カイっ!!」
駆け寄ってカトリーヌは寝台で目を閉じて苦しんでいるカイにしがみついた。
少女が掴んでいた手を無意識に奪い取る。
少女は驚いた顔でカトリーヌを見ている。
どうしてこの人がここにいるの? とは思ったが、今はカイの生死のほうが気になった。
握りしめた手は熱い。
熱があるのだ。
「カイ、カイ……」
涙が頬を伝い握りしめたカイの手を伝っていく。
薄く開いた唇からは荒い息が漏れている。
こんなになるまで意地を張るのではなかった。
もっと早く素直になって彼に愛を告げたかった。
そんな感じてはいけない後悔ばかりを感じる。
取り乱す娘を見てスタインは初めて危惧した。
娘がどんな眼でカイを見ているかを。
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