第12話
カイとカトリーヌが出逢ったのは、彼がロズウェルに引き取られて、しばらくしてからのことだった。
父がロズウェルが孤児を引き取ったと聞いて興味をもったのが切っ掛け。
皇帝として彼を連れてくるように命じたのだ。
なぜならロズウェルは光の長。
この国の重鎮、五老の長老。
その生命は常に狙われている。
まあそれが成功するような人物ではないことは、父が1番よく知っていたが、それと相反するように心優しい彼に、そういう手で近づいてくる刺客がいないわけでもない。
それを確認するためだったと、後に父に聞いたことがある。
カイが刺客ではないと確認するために連れてくるように命じたのだと。
連れてこられたカイは到底刺客には見えないあどけなさで、ついでに言えば利発そうで同時に叡智を秘めた眼をしていた。
その面影はやはり兄アンソニーに似ていて、カトリーヌは一目で恋に落ちた。
そうと気づいたのは成長して、自分の心を図れるようになってからだけれども。
特に父を理想とするカトリーヌにとって、成長するほどカイが父に似てくることも、彼への恋心を育たせる結果となった。
その頃はもうひとり兄がいるかもしれないなどとは思わなかったので、父に似ている彼への警戒心というものは、カトリーヌには皆無に等しかった。
だから、そういう諸々のことが重なって、カトリーヌは彼を愛したのだ。
それはもう揺るぎないほどしっかりと育った感情だった。
なのにあの日、彼を宮殿へと招いた日。
思いがけない現実が明らかになった。
父は彼を「ウェイン」と呼んだ。
自分の子だと、初恋の女性が産んでくれた第一皇子だとそう言った。
その瞬間の絶望をどう表現すればいいのか、カトリーヌにはわからない。
父も母も兄ですらも、その疑いをずっと持っていたと後に知らされて、カトリーヌは恨んだものだ。
そんな可能性があるとわかっているなら、そのことをきちんと忠告してくれてもいいじゃないかと。
好きになってしまってから、実は好きになってはいけない人だったなんて言われても、カトリーヌだって困る。
兄だと知っていて愛したわけではないのだから。
あの日からカトリーヌは父だけでなく、母や兄とも食事を共にしていない。
理由は簡単だ。
カイが兄かもしれないと承知していながら、それを隠していたことが許せなかったのだ。
せめて忠告されていたら、思い止まれていたかもしれないと思うと、どうしても許せないのである。
母も兄もせめて食事は一緒に摂ろうと言ってくるが、どうしても許す気にならない。
だったらこの現実をなかったことにしてほしい。
どうして自分たちは兄妹なのだろう?
何度言えないこの問いを胸で繰り返しただろう?
カイはカトリーヌも兄として認めてくれていないと、家族からは歓迎されていないと気にしているだろうか。
でも、どうすればいいのかがわからない。
彼を兄だとは思えないのに。
その愛する彼が、愛してはいけない彼が、ひとりの女の子を連れてきた。
それもとても綺麗な少女を。
兄だと思えなくても食事の席は一緒にしようかと、このところ迷い出していた。
彼にあの子が近付くのは許せなくて。
ルナたちがやってきてから、カイはよく食べるようになった。
それまで何度勧めても食が細かったのだが、彼女たちがやってきてから、カイはよく食べるようになった。
それでもあの年頃の青年としては少食だが、以前よりはずっと食べるようになっている。
そのことをスタインは嬉しく思う。
食が細い理由はやはり家族に家族と認められないせいかと気にしていたので。
ふたりが加わって食事の席は4人になった。
だが、最初はふたりの異常な食生活に驚くことになったが。
とにかく肉を食べない。
出されるとさりげなく断って野菜ばかり食べている。
その野菜にも肉がすこしでも混じっていると食べない。
肉が出されると困ったような顔になるのだ。
ルナの顔色などは真っ青に近かった。
それをスタインは疑問に思ったが、カイはさほど疑問を感じていなかったようで、スタインにこう言ってきた。
「このふたりの食事の内容についてなんですけど、肉類は出さないでほしいんです」
「種族的に肉は食べないとでも?」
「たべられないわけではないですけど、積極的には食べません。禁じられた行為と同じなので」
「そうなのか」
「ですからこのふたりの食事には一切肉類を出さないでください。野菜メインで構わないので。その野菜料理にも絶対に肉を混ぜないように指示してください」
「わかった。そうしよう」
スタインがそう答えると明らかにふたりはホッとした顔をした。
それからというもの、とてもベジタブルな食生活が続いている。
カイもふたりに合わせて肉料理を避けているので、肉を食べるのはスタインのみだからだ。
スタインはカイの健康状態を気にしたが、肉類を食べなくても彼は特に異常を訴えなかった。
そこで気付いた。
カイが食べるのは元々野菜料理が多かった、と。
肉類を積極的に食べている姿は、ほとんどといっていいほど見ていない。
だから、あんなに細いのだろうかと、何気なく考えたときだった。
食事の最中にふと客人のエリルという青年がじっと料理を眺めた。
ほぼ同時にルナも食べるのをやめている。
ふたりの顔は険しかった。
カイは普通に食べていたが、彼がスープに手を伸ばしたとき、ルナが慌てたように彼を止めた。
「騎士王様っ!! それ以上そのお料理にお口をつけないでくださいっ!!」
「え?」
カイがスープを運ぶスプーンの手を止める。
同時にスタインも怪訝そうにふたりを見た。
「なにかあったのか?」
彼がそう問いかけたとき、カイが不思議そうな顔をした。
スプーンを持つ手が震えてガチャンとスープ皿の中に落ちる。
「なに? 身体に力が入らな……」
そこまで言ってカイが椅子から転がり落ちた。
急に息ができなくなって目の前が真っ暗になったからだ。
声も出せずに苦しんでいる息子の傍へ慌ててスタインが駆け寄る。
「ウェイン!! ウェイン!!」
「揺すらないでください!!」
ルナに制止されてスタインが彼女を振り返る。
いつの間にか彼女も近寄ってきていた。
傍にはエリルという青年もいる。
「エリル。すぐに手当てに当たります。あなたはお水を準備してください。いいですか? 絶対この城の人々の手を借りないように。薬草の類もあなたが準備してください」
「承知しました」
一言だけ答えてエリルが姿を消す。
スタインはここまできてようやく事態を掴んだ。
唖然としたようにテーブルを振り返る。
そこにはふたりが一口食べてやめた料理が並んでいる。
同じ料理を食べていたカイだけが苦しんでいるのだ。
それはごく簡単な計算だった。
「毒が?」
「はい。遅効性の物が入っていました。わたくしたちお野菜の料理には詳しいので、すぐにわかりました。騎士王様をお止めしたときには、すでにお食べになった後で」
「狙われたのは……」
「おそらく騎士王様ご自身でしょう。スタイン陛下とお食事が違っていたので狙いやすかったのだと思います。お料理に毒を盛っても、スタイン陛下が同じお料理を召し上がる危険性はございませんから」
それはつまりスタインを殺すことは目的とは違うから、同じ料理のときは毒を盛れなかったということだ。
料理は一皿、一皿出てくるが、同じ料理のときは元は同じだ。
つまり一種類だけを狙って毒を盛っても、同じ料理を食べているスタインが、それを食べないという保証はないのだ。
だから、これまでは無事だった。
それにこれまではカイ自身の食が進まなかったので、毒を盛っても効果がないとも判断されていたのだろう。
そのふたつの要素をこのふたりがやってきたことで解消され動きやすくなった。
そういうことなのだろう。
「ルナ様」
呼び声に振り向けば、もう戻ってきたエリルが、片手に水の入った瓶、片手に薬草の入った袋を持っていた。
「ごめんなさい。戻ってきてくれたのね。それはお父さまが?」
「はい。もうご存じでした。これを使うようにと」
「そう。お父さまがご用意くださったのなら安全ね。すぐに準備をするわ」
「宜しければわたしが致しますが?」
「お願いできる?」
「専門ですから」
「毒の種類はわたくしにはわからなかったけれど……」
「わたしにはわかっています。それにこの薬草の中に解毒の薬草も揃っていますから、なんとかなります。少々お待ちください」
それだけを答えてエリルはテーブルに向かった。
意外なやり取りに息子を抱いたまま、スタインは目を丸くしている。
どうしてここで彼女の父が出てくるのかよくわからない。
わからないがエリルの手際を見ていると、任せていても大丈夫そうだと思えた。
驚くほど手際がいいのだ。
迷ったときは料理を舐めて毒の種類を確認し、解毒剤の調合を進めていく。
それも普通の医師がやるよりずっと早い。
やがてスタインから見れば、ほとんど時間がかかっていないのに解毒剤が用意された。
「ルナ様。できました」
「ありがとう。こちらへ渡して」
「ですが騎士王はご自分では飲めないのでは?」
「わたくしが飲ませるから」
ルナが暗示しているのは口移しである。
エリルは飛び上がった。
「ダメですっ。ルナ様にそのようなっ」
「エリル。そういうことを言っている場合? 貸してちょうだいな。騎士王様をいつまで苦しませておくつもりなの?」
毒を浸透させるつもりかと脅されて、エリルは渋々ルナの手に解毒剤の入ったグラスを渡した。
意識がなくても飲めるように水に溶いてあるのだ。
「それを渡してほしい」
「スタイン陛下?」
ルナが意外そうにスタインを見た。
スタインの眼は真剣だ。
「客人に危険な真似はさせられない。ウェインが毒を飲んだというのなら尚更だ。口移しで解毒剤など飲ませれば、口から毒が移ってしまいかねない。そんな真似はさせられない。わたしがやろう」
「ですが……」
自分たちは妖精だ。
同じ毒入り料理を食べていても無事なように、毒の影響なんてほとんど受けない。
緑の妖精なのだから毒物の類が効くわけないのだ。
しかしスタインは人間。
それこそ口移しなんてすれば毒が移ってしまいかねない。
迷うルナにスタインが手を伸ばす。
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