第7話
「想い想われていれば心を失わない。そんなことどうしてわかる? 試した者もおらぬのに」
「それはそうですが」
「そなたの方こそ、どうして契約を交わさない? 男にも女にも望まれる身でありながら」
「……人形には興味ありません。堕落させる楽しみは失いたくない」
「これこそが最終的に堕落させるということだろう?」
「そうでしょうか。心を失った段階で人ではない。では堕落させても意味がない。俺はそう思います」
「そなたは不思議だ。悪魔となっていながら、未だに天使らしさを失わぬ。わたしなどとうに失ってしまったというのに」
「サタン様……」
天使と悪魔は元は同じだと言ったミカエルの言葉が脳裏に浮かぶ。
(えっ!?)
下肢にサタンの手が伸びて、カイはとっさに両脚を閉じようとした。
柔らかくそれを阻止され、指先が太股を伝う。
ゾクゾクしてくる。
同時に本能的に感じる危機感。
カイも男だから経験がないとは言わない。
でも、それほどの快感は感じられなかったし、年頃の同性から見れば潔癖な方だ。
ほとんど自慰はしないと言っていい。
なのに冷たい手が熱を帯びて触れる。
カイの頬に朱が差して唇から吐息が漏れだした。
それに気づいたルシフェルが慌ててサタンの手を止める。
「本当にやめた方がいいですって。騎士王は本当に経験がないみたいだし、本番したらサタン様が後悔しますよ?」
「いや。今のは無意識というか、つい?」
「サタン様」
ルシフェルは頭を抱えてしまった。
たぶんあまりに未経験すぎて、返す反応が可愛らしく、それがサタンを煽ったのだろう。
誘われたのだ。
誘惑専門の悪魔を誘惑するなんて、とんだ騎士王だとルシフェルはカイを見る。
頬は紅潮し吐息は途切れそうだ。
それでもサタンの気に呪縛されているから自分では動けない。
このままでは辛そうだなと感じる。
「ここでやめられても辛そうですね、騎士王」
「やめろと言ったり反対のことを言ったり。どちらなのだ、そなたは?」
「手淫程度ならいいんじゃないですか? 昂らせてしまった以上、落ち着かせてやらないと可哀想ですから。そうしてしまったのはサタン様ですし」
「しかし……これ、精通していないんじゃないのか?」
「え? まさか。18ですよね、騎士王?」
「だが、とても経験があるようには見えない。したことがあるとしても、たぶん精通はしていないぞ、おそらくだが」
言葉の意味が理解できない。
ただ暑くて苦しくて気が狂いそうだった。
「だったら手淫でイカせることは……」
「手こずるだろうな。18にもなって、それすらも未経験とは思わなかった。今までどうしていたのだ、騎士王は?」
「もしかして自分では無理だったから、だから、したことなかったんじゃないですか?」
「そう、なのか?」
「なんとなくですけど、そういうことに疎そうな感じですからね」
「たしかに。少なくとも相手を満足させるには経験不足だな、騎士王は」
「サタン様はご満足なご様子ですが?」
意地悪な指摘をされ、サタンは慌てて咳払いした。
実はここまで全くの未経験の相手というのは、サタンは初めてだったのだ。
生まれて初めての快感を自分の手淫で感じて乱れた。
そう思うと可愛い。
本音でそう思う。
だからこそ、契約したいという想いが沸いてくる。
天使たちが今夜のことを知れば、なんらかの手を打ってくるかもしれないからだ。
それでも今するべきことは契約ではないだろう。
自分でもどうにもできない騎士王を楽にすることだ。
深く掌を忍ばせて指先で掌で愛おしむ。
脚が徐々に開いていき、呼吸は更に切ないものになった。
騎士王は眉を寄せできない呼吸を必死になってしている。
それでもイケないようだった。
ルシフェルの指摘通り、たぶん手淫程度では無理なのだ。
片腕で支えていた背を横たえる。
そうしてためらったが、どうしても解放のときを迎えない騎士王自身を口に含んだ。
ルシフェルが驚いた顔をしているが構わない。
これは彼にはやらせたくなかったから。
「ア……アッ……アアッ」
途切れがちな声がする。
快感を訴えてくる声。
もう人押しだと知ってきつく上下に抜いた。
「っ」
声にならない声をあげて、騎士王は身体を弛緩させた。
飲み込んだものは、それまで飲んだことのないような甘さを感じさせる。
味に差なんてないはずなのに。
不思議な気分だった。
「はあ……はあ……はあ」
騎士王が肩で息をしている。
服は乱れしどけなく裸身をさらして。
赤い唇はまるで果実のよう。
「サタン……様?」
ルシフェルの不安そうな声を背に聞きながら、気づいたらその唇を奪っていた。
「んんっ」
騎士王は微かにでも意識があるのか、しきりに逃げようとしている。
肩を押さえてやめさせようとするルシフェルの腕を振り切って、逃げようとする顎を固定し唇を開かせた。
怯えてたどたどしく逃げようとする舌を奪い絡める。
その瞬間、感じたことのない衝撃が、ふたりの心臓を直撃した。
ドクンと、ふたりに同じ衝撃が走る。
(引きずられる!! 引きずられる!!)
止めようのない吸引力を感じて、カイは取り乱した。
本物の悪魔王サタンなのだと自覚する。
あと一歩で闇へと堕ちる。
その瞬間、金属の音がしてサタンの横髪が一房斬られた。
サタンがサッと身をかわす。
その瞬間にはセラフィムとルシフェルが剣を交わしていて、サタンに斬りかかっていたのはミカエルだった。
セラフィムの力では破れない強固な結界に、彼は慌てて天界へと戻り、最強の力の持ち主である大天使ミカエルに助力をこうたのだ。
それでも相手は神にも匹敵する悪魔王サタンの結界である。
手強くて今までかかってしまった。
カイがキスされている場面を見て、とっさにミカエルがサタンに斬りかかり、セラフィムはミカエルに指示されるまま、ルシフェルに斬りかかったのだ。
結界が破壊され、カイもようやく起きられるようになったが、そのときには射精した影響で全身が弛緩し、キスされ契約を結んだ衝撃から半分意識がなかった。
救いはサタンから唾液を貰わずに済んだことだ。
契約の完了はお互いの唾液が喉を通ったとき。
カイはかろうじてそれを免れていた。
「ルシフェル。戻るぞ」
名残惜しかったが気づかれてしまっては、ここではどうしようもない。
サタンはそれだけを告げて、次元をズラし魔界へと飛び去った。
その後をルシフェルが追っていく。
ミカエルは一瞬、ふたりの方を向いたが、今はカイが気掛かりで、慌てて寝台へと駆け寄った。
そこではすでにセラフィムが心配そうに顔を覗き込んでいた。
その手が乱れた衣服を整えてやっているのを見ながらミカエルが声を投げる。
「騎士王の様子は?」
「ダメです。半分魂を持っていかれています。カイは口付けの経験がなかったはずなんです。わたしの知っている限りだと」
「それはまずいな」
ミカエルも近づいて顔を覗き込む。
「たしかに半分しか持っていかれていないな。完了までには間に合ったということか」
それが唯一の救いだ。
「しかしサタンが直々に契約しようとするとは思わなかったな。ルシフェル辺りにやらせるならわかるんだけどな」
言いながらミカエルは懐から小さな袋を取り出した。
天界を飛び出すとき、念のためにと持ち出したものである。
使わないならそれに越したことはないと思ったのだが、万が一を考えて準備してきたのだ。
使うことになってしまったのは、こちらの力不足か。
さすがは悪魔王と呼ばれるサタン。
簡単には退けられないか。
袋から小さな粒を掌に取り出す。
「ミカエル様。それは?」
気づいたセラフィムが不思議そうな顔をする。
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