第4話
第二章 天使と堕天使
カイが思わぬ形で聖剣を抜いた場で、人々はただ固まっていた。
カイが真実、皇帝の子なら年齢的に、あのときの皇子だということになる。
18年前にマリアという庶民の産んだ皇帝の第一子。
臣下たちは身分違いの恋に怒り狂い、彼女を追い詰め、当時世継ぎの皇子だった皇帝と引き裂いた。
彼女は産まれたばかりの皇子を抱いて逃避行の旅に出た。
臣下たちはなんとか望まれぬ皇子を殺そうと刺客を放ったが、ついに皇子を殺せぬまま時は流れ流れて、それが今こんな形で出てくるとはっ!!
あのとき全員一致で殺そうとした皇子が、実は騎士王だったなんて。
伝説で世界を救うとされている騎士王。
自分たちは騎士王を殺そうとしたのかと、だれもが青ざめたまま声が出ない。
皇帝はそんな臣下たちをじっと睨んでいた。
これがおまえたちが殺そうとした自分の子だと誇るように、カイの肩を抱いたままで。
そこへ凛とした声が響いた。
「ようやく騎士王が誕生したか」
人々が声のした方向を見れば、背に白い翼を持った青年が中央に浮かんでいた。
「天使っ!!」
臣下たちが慌てている。
天使はバサリと羽根を広げて地へ降り立った。
「あなたは?」
カイの目の前に立った天使に、彼が動じることなく声を出す。
それを見て天使の青年がニヤッと笑った。
なんだか天使らしくないなあと、カイは感じている。
「さすがに竜王に育てられただけあって、並の心臓じゃないな。天使を前にして動じないとはね」
「どうして……ナーガに育てられたことを知って?」
カイが竜王に育てられたと聞いて、すべての者が絶句して慌ててふたりを見比べた。
「騎士王が誕生してから、俺たちはずっと騎士王を見守っていた。だから、知ってんだよ。あんたが竜王に育てられたことも、育てられることになった経緯も。そしてそれからどうやって生きてきたのかも」
「なるほど。つまり監視していた……と。いや。観劇?」
「いや。もうちょっと言い方あるだろ? 幾ら騎士王とはいえ、天使相手にあんまりだろうが、その態度」
「だって名乗られてないから、名のある天使か下っぱ天使かもわからないし」
天使だって人間以外の種のひとつと思っているカイは、とても気さくに喋っている。
その様子を見ていた皇帝は、すこし複雑なため息をついた。
実は皇帝がカイが礼儀正しく振る舞う度に憂い顔をしていたのは、彼があまりに他人行儀だったからなのだ。
息子ではないかと疑っていた皇帝にとって、息子に臣下として振る舞われていたわけで、それが憂鬱だったのだ。
もっと普通の親子みたいに接したい。
そう思っていたから、皇帝はいつも憂い顔だったのである。
彼は普段はああいうふうに喋るのかと、すこし意外な気がする。
まじまじと息子だとわかった青年の顔を見ていた。
「だったら聞いて驚け。俺は三大天使のひとり、いや、長である大天使ミカエルだ」
「ああ。あの天界の異端児だと有名な!!」
ポンッと両手を打ち鳴らすカイに、ミカエルは苦々しい顔である。
「騎士王は人間相手の方が礼儀を払うよな。大天使と聞いて正面から異端児なんて言ってきたの騎士王が初めてだ」
「天使っていっても人間以外の種族のひとつだろ。なにも変わらないよ、でも、俺は人間だから、人間相手のときは礼儀を払わないといけない。身分がある以上そういう決まりになってるんだよ、人間社会は」
「あのさあ。言い返すのもバカらしいけど、息子かもしれないと思っていて、ずっと他人行儀に接されてきたスタインの気持ちを考えたことのある科白かって言っていいか?」
呆れ顔で言われて、カイは驚いたような顔を皇帝に向ける。
そこには複雑な瞳があって、カイは言葉を失った。
彼の目には息子が他人行儀に振る舞っているように見えていた?
皇帝の憂い顔の意味が飲み込めて言葉が出ない。
その様子にミカエルはため息をつき、スッと右手を掲げた。
そこに華麗な装飾の施された鞘が現れる。
振り向いたカイの瞳が見開かれた。
「キレイだなあ」
「これをやるよ」
それだけを言って、ミカエルは宙に浮かんでいた鞘を握るとカイに差し出した。
「え? でも……」
「これはエクスカリバーの鞘だ。騎士王が現れたときのため、天界が管理していた鞘なんだ。騎士王が現れれば渡すのが道理だろ? それにそのまま抜き身の剣のままじゃ危ないじゃないか」
「たしかに」
同意してからカイは鞘を受け取った。
それもまたしっくりと手に馴染む。
剣を鞘に戻すとミカエルが話し出した。
「鞘に入っていても聖剣は騎士王以外の者は触れない。つまり盗まれる心配はないってことだ」
「便利なんだな。聖剣って」
「便利なのは騎士王が扱うときだけだって。騎士王以外は操れないと決まっているから盗むことも無理なんだ」
「ふうん」
さりげなく周囲に目をやれば、皇帝以外の者は固まっているようだった。
みんなミカエルを見て仰天しているようである。
たしかに大天使ミカエルといえば、神に次ぐ位置にいるとされている唯一の存在だ。
天界の天使たちの代表ともいえる大天使を前にして、平然としていろと望む方が間違いなのかもしれないが。
「大天使が降臨したのは、これを渡すためだけ?」
「いや。まだ幾つか用件はある。まずひとつめ」
じっと大天使の目が皇帝の背後に控える臣下たちを捉える。
臣下たちは怯えて声も出ない。
ガタガタと震える臣下たちに、大天使ミカエルは冷たい声を出した。
「この国の阿呆な臣下たちに告ぐ」
臣下たちに向かって「阿呆」と言われ、その原因のくせしてカイは呆れたような顔をする。
彼はまだ自分の生い立ちを知らなかったので。
「おまえたちがどれほど愚かなことをやってきて、どれだけ天界の意に背き、我々を怒らせてきたか、これですこしは自覚しただろう。これで自覚できないなら、俺が直接手を下してもいいんだぜ?」
天使のくせに脅すミカエルに、カイは気の毒そうに臣下たちを見た。
「おまえたちがどれほど身分に拘るか、俺だって知らないわけじゃない。だけどな。身分が違うから。その一言で人の生命を奪ってもいいなんて権利、だれにもないんだよ」
冷たい声の中に彼がどうにもできなかった悲劇に対する想いが籠っている。
カイは自分の母のために怒ってくれているのかなあと、なんとなく感じていた。
顔も名前も知らない母。
その死を嘆いてくれる大天使。
たしかに母を死に追いやったこの国の重臣たちより、よほど慈悲深い。
さっきバカにして悪かったかなと、カイは後悔を覚えた。
「それからスタイン」
「なにか?」
「騎士王の、息子の幼少時のことは気になるだろうけど、できれば問わないでやってくれ」
「何故?」
「言っただろう? 竜王に育てられたと。竜族は神秘の存在なんだ。人には言えないことだってある。人には過ぎた知識を与えられ育ってきた存在。それが騎士王なんだから」
「人には過ぎた知識? そんな素振りはなかったが」
「そりゃ騎士王自身が人間の知識に疎かったからな。なにを隠してなにを明かすべきか、その判断ができない状態でロズウェルに拾われたんだ」
さっきの発言からカイの生い立ちに詳しいミカエルに、カイが驚いたような顔で彼を見ている。
「後は彼の英断だな。騎士王の持つ知識や力を披露すれば、その身が危うくなるから、上手く伏せるように育ててきたんだ。そのことに感謝しておくんだな。拾った相手が彼じゃなかったら、騎士王は今まで無事に育ってきてないからさ」
ロズウェルはカイを拾い育てることで、彼の持つ知識とその力の脅威に気づいた。
カイは人間のことには疎いが、モンスターやドラゴンのことには詳しい。
しかもその言語を操り意思の疎通を図れる。
これは人間にとって重要なことだ。
だれもがロズウェルのように、それを当たり前のものとして受け入れてくれるとは限らない。
ましてやモンスターやドラゴンと意思の疎通が図れるカイを異端視しないとも限らない。
便利だと利用されるならまだいい方で、最悪の場合は魔物の仲間とみなされ、同じ人間に襲われる可能性もあった。
だから、ロズウェルは彼を拾ってから、そういった力を行使することを禁じていた。
カイを護るために。
だからこそ、彼は今まで無事だったのだと言われ、スタインは今更のように光の長に感謝した。
息子を無事に育ててくれて。
ただ息子を育てたのが本当に竜王なら、愛する彼女の死の意味が変わってくる。
竜族はなんの代償もなく動いてはくれない。
しかも相手は竜王だ。
竜王に子供の守護をさせ育てさせるとなれば、それ相応の代価がいる。
彼女がなにを代価にしたのか、スタインにはわかるような気がした。
自分が彼女でもおそらくそうした。
それしか息子を護る手立てがないとしたら。
ため息が口から零れる。
そこまでさせてしまった自分の不甲斐なさに。
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