第2話


 それは今から11年前の出来事。


 あの当時はミゾレが降っていて、とても寒かったのを憶えている。


 泣きながら捜していた。


 突然いなくなってしまった大切な人を。


 年を数えるほどに色んなことを教えてくれた偉大な存在。


 大切でいなくなるなんて想像もしていなかったあの頃。


 なのに突然いなくなってしまって、幼い自分はただひたすらに捜し歩いていたのだ。


 捜し歩けばいつもみたいに見つけてくれる。


 そう信じて疑っていなかった。


 山をおり道を歩き野を越えても見つけてくれなかった。


 心細くて泣いてばかり。


『どうしていないの?』


『どうして見つけてくれないの?』


 何度そう言っただろう。


 どことも知れない道を歩いているとき、みたこともない物体が近くを通って泥水をはねあげた。


 あの当時はただびっくりするだけで、どんな反応も見せなかったけれど。


 するとそれから降りてきたおじさんが声を投げてくれた。


『こんなところでなにをしているんだ?』


 穏やかな声でそう訊いてくれた。


 今思えば初めて出逢った人間だったなと思えるけれど。


 あのときは初めて出逢った人が、いきなり同じ言葉を話し出したことにびっくりして、すぐには答えを返せなかった。


 それでもその人は怒るでもなく、辛抱強く接してくれた。


『お父さんやお母さんは? どうしてこんなところにひとりでいるんだ?』


『おとうさん? おかあさん? なあに、それ?』


『知らないのか?』


『しらない。ナーガはおしえてくれなかったもん』


『ナーガ? それはだれだ?』


『ナーガはナーガだよ』


 言葉で上手に説明する術を当時は持っていなかった。


 今なら説明できるけれど。


 ナーガは育ての親だ、と。


 自分を慈しみ育ててくれた偉大な存在。


 もう……どこにもいない。


 あの頃はナーガが死んだということが理解できなくて、とにかく歩き回ればいつもみたいにナーガが見つけてくれると信じていたのだ。


 だから、アテもなく捜し回って結果的に生まれ育った山にも戻れなくなっていた。


 あそこでふたりめの養い親に逢わなかったらどうなっていただろう?


 自分がどの山で育ったのか、今となってはわからない。


 駆け回った野原。


 水遊びをした川や湖。


 それすらも定かではない記憶。


 ナーガから得たものはたったひとつ。


 モンスターやドラゴンと会話できる能力。


 それは尊い能力だから大事にしなさいと、ふたりめの養い親には言われている。


 尤も。


 ここで生活する分には、その能力は活かしようがない。


 モンスターもドラゴンもここにはいないのだから。


 時折、養い親の仕事について行って、その能力を活用するくらいしか使い道がなかった。


 それでも自分には大事な力だ。


 大好きなナーガから授かった力なのだから。


 ナーガがだれだったのか。


 それはふたりめの養い親にも言っていない。


 今ならナーガの正体を特定できる知識もあるけれど、だからこそナーガに育てられたことは言えないと思った。


 言ったらそれこそ異端視されかねない。


 もしくは壮大なホラ吹きだと思われるか。


 どちらかだ。


 だから、どんな力もないフリをする。


 それで日常生活はなんの支障もなかった。







 薬草を集めようと、いつもの野原にやってくると、遠くから呼び声がした。


「カイっ!!」


 振り返れば幼なじみのセラが立っている。


 今の養い親に引き取られてから、知り合った幼なじみで、今では城で騎士をやっている。


 どうも将来有望らしく、いつも忙しそうにしているが。


「どうしたんだ、セラ?」


「この辺に薬草を採りにきてるって聞いてさ。心配で様子を見にきたんだ」


「なんていうか。おまえを見ていると、本当に将来有望なのか疑いたくなるよ」


「そうか? これでも若手の中では筆頭だぞ?」


「だったらなんでこんなに俺に構うかなあ?」


 カイが首を傾げれば、セラはその言葉を笑い飛ばした。


「気にするなってっ!!」


 バンバンと背中を叩かれて、カイは痛い痛いと、心の中で突っ込んだ。


「痛そうな顔してるな? そんなに強く叩いたか?」


「いや……最近さ、なんか知らないけど時々、腕が痛むんだ」


「腕? どっち?」


「左。なんか肩の辺りが熱をもってるみたいに疼くこともあるし」


 そう言いながらカイは左肩を押さえる。


 その様子にセラはわからないように眉をしかめた。


「ロズウェル様には言ったのか?」


「じい様は気にするなとしか言わない。そもそもあの人、大雑把すぎてこういう問題じゃあ頼れないよ。どんな病気も二日酔い扱いするし」


「確かに。あれで光の長老なんだから詐欺だよなあ。あれでこの国の光の魔法使いたちの長だぜ? 詐欺以外のなんでもないってっ!!」


「いや。じい様の前でそう言ったら拳骨食らうぞ? 久しぶりに」


「うー。痛いから遠慮する。あの人、絶対なにか魔法使ってるってっ!! ただ殴ってるだけにしては、ものすごく痛いんだっ!!」


「おまえの場合、殴られるの日常だからなあ」


 その点、カイは要領がいいので殴られたことはほとんどない。


 逆にカイの場合、行儀が良すぎて時々だが「もうちょっと悪さをしなさい、カイ」とまで、本気か冗談かわからない言い方をされるくらいだ。


 それはカイが養い子であるという現実に、無意識に遠慮していることを見抜いているからかもしれない。


「薬草は集まったか?」


「これからだって。おまえに邪魔されて、ほとんど集まってないよ」


「じゃあおれも手伝うよ。なにを集めればいい?」


「風邪が流行ってるらしいから風邪に効くのがいいな」


「わかった」


 そこから先はふたりとも薬草集めに集中して無駄口は叩かなかった。


 ほどなくして薬草をたっぷり集めると、カイは姿勢を正した。


「飯食ってくか? 今日はじい様いないから別に構わないけど」


「あー。そりゃいいねえ。でも、パス」


「なんで? いつもじい様がいないときは食ってくのに」


「今日夜勤なんだよ」


「あー。城の常駐かあ。騎士も大変なんだな」


「おまえだって騎士になれるだけの腕前は持ってるのに、なんで騎士にならなかったんだ? 今からでも遅くない。騎士になっておれと一緒に……」


「ごめん。だれかを傷つけるのは性に合わないんだ」


 頭を下げるとセラはため息をついてみせた。


「だれかってモンスターだぞ?」


「……」


 そのモンスターと友達になれるカイにしてみれば、いくら人間を護るためとはいえ、モンスターを退治する騎士という仕事は、どうしてもする気にならなかった。


 セラほどの腕前になれば城の常駐も任されるので、モンスター退治ばかりしなくていいが、新米の仕事はほとんどがそれだ。


 わかっているから騎士にならなかった。


「……おまえさ。ちょっと優しすぎるんじゃないか? そんなんじゃ長生きできないぞ。モンスターにまで同情するようじゃあ」


「同情してるわけじゃ……」


 敢えて言うなら仲間意識に近い。


 その証拠にカイはモンスターに襲われたことはないし。


 襲われそうになっても話し合えば、たいてい解決する。


 養い親のロズウェル様は、その能力を高く買っていて、モンスターの多い地方に出掛けるときは、たいていカイを連れていくが。


「とりあえずロズウェル様がいないんならちょうどいい。おまえも城にこいよ」


「なんで? 一般人は立ち入り禁止だろ? ああいうところ」


 きょとんとしたカイにセラがニヤニヤと笑った。


「カトリーヌ様からのお招き。それにおまえ部外者じゃないだろ。ロズウェル様の養い子なんだし」


 この言葉のどこから言い返せばいいのかとカイは迷う。


 じい様の養い子だからといっても、カイが偉いわけではないのだし、それに血が繋がっているわけでもない。


 そのことで偉そうにできるわけがない。


 カトリーヌ様に関してはおそれ多いという感覚しか抱けない。


 なにしろ相手は……。


「なんで皇女様は俺をよく城に招くのかな? 招かれる度に肩身が狭いんだけど……」


 そう。


 カトリーヌはこのローズ帝国の唯一の皇女である。


 御歳15歳になられる愛らしい盛りの女の子だ。


 何故かカイは彼女のお気に入りだった。


 こうして城に呼びつけられるのも珍しくない。


 初めて逢ったのは養い親である光の長、ロズウェルに連れられて皇帝に挨拶するため、宮殿にあがったときだった。


 父である皇帝の傍に彼女がいた。


 興味津々といった顔をカイに向けて。


 それから11年。


 皇女になつかれているカイは、とても困っている。


 カイだって年頃の18歳。


 可愛い女の子ならキライじゃない。


 だが、カイの希望としては、もうちょっと一般的な女の子に好かれたかった。


 なつかれても身分違いだと知っているから、おそれ多いとしか感じられないので。


「おまえ……もしかしてとんでもなく鈍感?」


「なんだよ、鈍感って?」


「いや。わからないならいいんだけど」


 そう言いながらセラはどこか遠くを見る。


(本音を言えばカトリーヌはカイを諦めた方がいい。それはわかっているんだけど)


 内心を封じてセラは明るく言う。


「とにかく城にこいって。こないとおれが処罰されるんだぞ」


「薬草の下処理だってあるのに……」


「見習いにまかせてろよ。そんなに難しい工程じゃないだろ。今日の薬草なら」


「そうだけど……」


 それでも気乗りしないカイである。


 理由はあるが言う気はなかった。


「それに陛下もおまえにお逢いしたがってたし」


「陛下も?」


 思わずカイは難しい顔になってしまう。


 初めて逢ったときから皇帝はなにかとカイを気遣ってくれるが、それがカイには気詰まりだった。


 その度に皇妃に睨まれるから。


「俺……そんなに皇帝陛下に似てるのかな……?」


 思わず遠くをみるカイにセラは曖昧に笑う。


「若かりしころの陛下に瓜二つって噂なら、日常的に流れてるな」


 皇帝は黄金色の髪に青い瞳をした美丈夫だ。


 カイは瞳の色は琥珀だが、髪は同じ金髪で顔立ちに至っては、他人の空似で済ませるのが難しいほど似ている。


 だから、カトリーヌにも懐かれてる気がして気が重いのだ。


 皇帝にそっくりなせいで皇妃にも嫉妬されている。


 この顔のせいでいろいろ苦労しているカイなのである。


「とりあえず城に連行するぞ? 本当におまえを連れていかないとおれが処罰されるんだから」


「はあ……」


 ため息をつくカイをセラは腕を掴んで連行していった。





 本当に城まで連行されたカイは、否応なく皇帝との謁見のため、謁見の間に連れていかれていた。


 本当はカイは謁見を臨める身分にないが、ロズウェルの養い子ということで特別処置を施されてのことである。


 セラに連行され謁見の間に向かっていると、正面から金髪に青い瞳のよく見知った少年が歩いてきた。


 カイの姿をみて不機嫌そうな顔になり立ち止まる。


「きていたんだね、カイ」


「お久しぶりですね、アンソニー殿下」


 カトリーヌの実兄で世継ぎの皇子を名乗るアンソニーである。


 年は16。


 ふたりは年子の兄妹なのだ。


 ふたりとも兄妹だけあって、とてもよく似た顔立ちをしているが、カイはカトリーヌには好かれているが、アンソニーには毛嫌いされている。

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