騎士王〜secret prince〜
奏
第1話
『騎士王』
それは後の世に現れて世界を救うとされている王の中の王。
聖剣エクスカリバーを抜いて、王の座に即位する者の名称である。
天界。
「いよいよ騎士王の生誕か。待ち遠しかったぜ」
金髪なのに燃えているようにみえる髪をした天使がそう言ってニヤリと笑う。
天使らしからぬ攻撃的な笑みである。
不遜にも思えるその微笑みに、傍らにいた典雅な印象の天使が穏やかな声をかけた。
「ミカエルは騎士王の生誕を喜んでいませんか?」
「喜んでいちゃ悪いか、ガブリエル?」
悪びれないミカエルにガブリエルはため息をつく。
「騎士王が生まれるということは、世界に崩壊のときが近づいているという証。喜んでばかりもいられないでしょう?」
「あー。いいんだ。そういう建前は。俺たちはそもそも騎士王が生まれないかぎり、地上には手が出せない。どんなに危機的な状況であっても、だ」
「ミカエル」
憤っているようなその声に、ガブリエルは言葉に詰まる。
口は悪いが気は優しい彼が、地上の様子に心を痛めていたことを知っているから。
「戒律ってのは厄介だよな。そもそも俺たちは人間を護るために存在している神の御使いのはずだろう? それが人間がどんな危機に陥っても、騎士王が生まれないかぎり、手が出せないなんておかしすぎるぜ」
「それはそうかもしれませんけど」
「ただ」
地上の様子を雲の隙間から覗き込みながら、ミカエルはすこし気掛かりそうな顔になる。
「こういう状況で生まれるとは思わなかったな」
「そうですね。このままでは無事に育つかどうか」
「セラフィム!!」
ミカエルが呼ばわると、どこからともなく戦装束を身に纏った天使が現れた。
これが天界の三大天使と呼ばれる天使たちである。
「おまえ、ガブリエルの護衛はちょっと休んで、騎士王の護衛についてくれ」
「ですがミカエル様」
「エルには俺がついてる。それに天界にいるかぎり、そんなに気にすることもないだろう? 今は騎士王の身の安全の方が優先だ」
「わかりました」
諦めましたと言いたげな同意だった。
セラフィムは普段はガブリエルの護衛の任についているが、ミカエルの命令は絶対である。
この天界で神に次ぐ位置にいる唯一の天使。
神の寵愛を一身に集めるガブリエルの身の安全の守護を優先させるのは当然だが、ミカエルの言うように騎士王の安全も大切だし。
ミカエルはそもそも天界の異端児である。
神の意志にも平然と逆らうし、神の命令ではないことも、あっさりと命じたりする。
しかし情に厚く天使の中の天使と言われている人物だけに、だれも本気では彼を責めることはない。
セラフィムもなんだかんだでミカエルを信頼していた。
「しかしどうやって近づけば」
「小さいあいだは遠くから、あるていど育ってしまえば、なるべく親しくなって身近から護ってくれ」
「それはつまりわたしに人間に化けろ、と?」
「天使のままで地上にゃあいられないだろうが」
呆れましたと言いたげに言われて、今更のようにミカエルの自由奔放さを知る。
天使が人間に化けるのは禁じられているのだが、どうやらミカエルはそれも無視することに決めたようだ。
「悪魔たちも……堕天使たちも、きっと騎士王を堕落させようと誘惑を仕掛けてくる。騎士王を護り導くのが俺たちの仕事だ。そのためなら多少の禁忌を犯すのもしかたがないさ」
「本当にあなたは自由気ままですね、ミカエル様」
「だから、大天使なんだろ、きっと」
大天使の名の下にあるていどの無茶は通ってしまう。
それを神も認めている。
だからこその大天使という称号である。
ガブリエルもセラフィムも、それをよく知っていた。
歯向かっているようにみせながら、神の意に1番近いことを行っているのが、この天界の問題児ミカエルであると。
「とりあえずすぐに地上に降臨してくれ。騎士王の身に不測の事態が起きないあいだに」
「承知致しました」
一礼してセラフィムはその背の白い翼を広げると地上へと舞い降りていった。
「本当に堕天使たちは動き出すでしょうか」
不安そうなガブリエルにミカエルはすこし唇を尖らせる。
「堕天使たちの考えなんて知ったことか。だけど、堕天使たちにも騎士王の存在は無視できないのは事実だ。なんらかの干渉はあると思うべきなんだろうさ」
魔界。
「地上に希望が生まれたか。仮初めの」
そう玉座で呟くのは漆黒の髪と瞳の美しい男性である。
悪魔王または魔王と人は呼ぶ。
彼は自らをサタンと名乗っていた。
「放っておいても死ぬんじゃないのぉ? そもそももう死にかけてるしぃ」
ケラケラと笑うのは堕天使エリエル。
サタンの愛人を自認し、サタンの命令しかきかない問題児だ。
その外見は愛らしい少女なのだが、どちらかと言えば小悪魔な女の子といった感じだった。
彼女はサタンにしか興味がないので騎士王なんてどうでもよかった。
世界の命運すらも。
「でも、母親は必死なようだ。ドラゴンの山を目指している」
ささやくようにそう言うのは堕天使カミュエル。
両性でその時々に合わせて男性になったり女性になったりする。
今は男性の姿をしているが。
おとなしいが性格はあまりよろしくない。
まあ悪魔なので当たり前だが。
「なーんで人間ってな身分に拘るかね? あれでも一応皇族だぜ? 直系皇族を殺そうとする臣下たち、か。是非、悪魔に迎えたい……と言いたいが、俺は御免だぜ。腐った奴らには用はねえ」
辛辣に言い放つのは堕天使ルシフェル。
大天使ミカエルがまだ見習い天使だった頃に、親友だった元天使で彼の好敵手を自認している。
ミカエルの方は唯一の汚点だ、とでも言いたそうだが。
似た者同士のこのふたり。
どっちもどっちだとふたりを知る者は思っている。
堕天していながら、どこか天使らしさを捨てられずにいて、性根の腐った奴らを毛嫌いしている。
「どんな人間に育つやら。騎士王となるべき皇子は」
サタンのその言葉に3人は表情を引き締めた。
一方、地上、ドラゴンの山。
「お願いですっ!!」
生まれたばかりの赤子を抱いて、どしゃ降りの雨の中、女性が叫んでいる。
返ってくるのは谺ばかり。
それでも彼女は生まれたばかりの我が子を腕に抱いて叫ぶ。
どこかにいるはずの高貴な存在に向けて。
「わたしの生命と引き換えに、どうかこの子を助けてください!!」
「この年老いた身になにを望む女?」
どこからともなく威厳溢れる声がした。
女性は毅然と顔をあげる。
「この子の左肩のアザを封印してください。そしてこの子が成人するまで、どうか護ってください。この子の生命を狙う者たちから」
「……代償は? 竜に願う以上は代償が必要なことくらい存じていよう」
「わたしの生命を。それでは不服でしょうか、竜族の王よ」
「我が子のために生命を投げ出すか。よかろう。その願い叶えてしんぜよう」
その声と共にどこからともなく竜が姿を顕した。
雄大なその姿に女性はその場に平伏する。
「わたしの生命の尽きるまで、その子を護ると誓おう。我が養い子として」
その言葉と共に竜の口から吐息のようなものが漏れる。
それが赤子の左腕のアザを封じるのを母親はじっとみていた。
これで安心して死ねる。
あとはこの子が成長してからどうするか。
それを死んでからも見守るしかない。
(どうか許して)
腕の中の我が子をに。
そして愛して結ばれなかった人に祈る。
この生命が消えても、ふたりを愛していくことを誓いながら。
……そうして。
舞台はローズ帝国へと移る。
騎士王の生誕に揺れた年から数えて18年の歳月が過ぎていた。
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